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(実話)少年法に守られた未成年凶悪犯【大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件】死刑になるまでを漫画にしてみた

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信じるか信じないかはあなた次第

未成年が起こした事件の中でもかなり悪質なのに

知名度が低い事件

 

大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件www.youtube.com

www.nikkei.com
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件 - Wikipedia

 

概略

大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件

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概要

1994年平成6年)9月28日 - 10月8日にかけて大阪府愛知県岐阜県の3府県で発生した不良少年らによる連続殺人事件である

 

暴力団に所属した主犯格3人を中心とした犯行で、

当時未成年の不良少年らによる凄絶なリンチの末の凶行として社会を震撼させた

一連の事件では計10人が逮捕され、うち主犯格3人は全員が当時少年でありながら控訴審までに死刑判決を言い渡され、最高裁判所で上告を棄却する判決を受けたことで死刑が確定した(少年死刑囚)

3府県にまたがって発生し、警察庁から中部管区警察局第3号事件に指定された本事件は3府県連続リンチ殺人事件木曽川・長良川連続リンチ殺人事件および木曽川・長良川事件とも呼ばれる。

  • 大阪事件」(殺人・死体遺棄事件) - 9月28日に大阪府で発生。主犯格3人(KM・KA・HM)+共犯少年(暴力団の仲間)1人の計4人から恐喝された男性1人が集団リンチの末に殺害され、死体を高知県の山中に遺棄された。
  • 木曽川事件」(殺人事件) - 10月6日深夜に発生。大阪事件後に愛知県(主犯3人のうち1人「KM」の出身地)へ逃亡した主犯格3人はKMが所属していたグループと行動を共にしていたが、KMの不良仲間だった男性1人がKMとトラブルになったことを発端にKMたちから集団リンチを受け、木曽川河川敷で死亡した。第一審では「傷害致死罪」と認定され3人中2人 (KA・HM) への死刑適用が回避されたが、控訴審では一転して「殺人事件」と認定され、3人全員に死刑が適用されることとなった。
  • 長良川事件」(強盗殺人・強盗致傷事件) - 木曽川事件の翌日(10月7日深夜)に発生。ボウリング場で偶然加害者らに遭遇した男性3人が集団リンチを受け、2人が死亡・1人が負傷。

 

第一審判決で名古屋地裁(2001)は

「いずれの犯行も自らの欲望・感情の赴くまま行動して傷害・強盗などを犯した加害者少年たちが『被害者らを解放すれば警察に捕まる』などと考え、

自らの行動によって生じた結果の処置に困惑した。

その際に虚勢を張る心理も混じって声高に激化した言動をする者に影響され

『相手に弱みを見せられない』という少年期特有の心理状態も手伝ってこれに同調し、お互いが適切に事態を収束させることができないまま最悪の結果を招いた」と認定した。

また成田青央は著書『壊れた少年』にて

「本事件と、同じく不良少年らによる凶悪犯罪である女子高生コンクリート詰め殺人事件名古屋アベック殺人事件(いずれも1988年に発生)は犯行の残虐性・連続性や集団事件特有の心理状況・犯行グループ内の関係の希薄さ・安易さや無責任さなどの観点から共通性が見い出せる」と、赤塚行雄(当時:中部大学女子短期大学副学長)は「コンビニエンスストアなどで知り合った不良少年たちがギャング化した本事件は名古屋アベック殺人事件を彷彿とさせる事件だ」とそれぞれ指摘した。

 

nekoo.hatenablog.jp

大阪事件

最初の事件となった大阪事件は1994年9月28日3時ごろに発生した。これはKM・KA・HMとUの計4人が暴力団員としての「義兄弟関係」を結んでからわずか2週間後だった。

KM・HMの2人は自分たちの縄張りにしていた大阪市中央区道頓堀一丁目の繁華街で、被害者・男性Aとその友人男性(いずれも当時26歳)の2人とトラブルになった。

KM・HMは2人を何度も殴りつけ、小突きながら事務所前まで連れて行ったが、Aの友人は隙を見て逃げ出したため、残るAを拉致・監禁した。KM・HMは事務所でKA・Uに対し「こいつ(A)を人夫として工事業者に送り込むつもりだ」と説明し、Aの着衣を脱がせてトランクス1枚にしたほか、その両手をベルトなどで後ろ手に縛り、口の中に靴下を押し込み、顔面にガムテープを巻き付けるなどして身動きを取れない状態にした。

その上で4人は同日朝まで同室内で掛けトランプなどに興じたが、いかさまに気付かず1人負けしたHMはその腹いせにAを数回足蹴りするなど暴行を加えた。

 

また4人は同日午後にかけて数回にわたり工事業者と連絡を取ろうとしたが、うまくいかずに苛立ちを募らせた。

同日19時過ぎごろにはKMがHMの女友達に耳掃除をしてもらった府が、それを見たHMは八つ当たりにAの身体を足蹴にし、女友達らを連れていったん外出したが、忘れ物に気付いて室内に戻ったところ、KAたちから「関係のない女友達の前で暴行をするな」「格好をつけるな」などと非難されたため、腹いせに再びAの体を足蹴にした。

これにKM・KA・Uも加わり、こもごもAの身体を足蹴にしたり、ベルトで殴りつけるなど暴行を加えたほか、Uが火の付いたタバコをAの背中に押し付けたり、KMがライターオイルをAの背中に垂らして着火したり、HMが火傷したAの背中をボールペンで突くなどした。

そして最終的には「こいつは工事業者に送り込めないし負傷している」とAの処置に困惑し、「Aを消してしまおう」「やってしまおうか」などと話し、UがAに対し希望する死に方を尋ねるなどした。

その後、KAがAを連れてきたKM・HMにAの処置を尋ねたところ、KMはHMに「お前はどうする?」などと言い、暗に犯跡を隠蔽するためAの殺害を持ち掛けた。

するとHMもその意図を察知して「一番格下の自分がAを殺害しなければならない」と決意して「俺がやりますわ」などと答えたため、KM・HMの間でAを殺害する旨の共謀が成立した。

「当初の恐喝目的からいつの間にか殺人にエスカレートする」という異様な状況だったが、4人の中に「待った」をかける者は誰もいなかった。

1994年19時30分ごろ、KM・HMは大阪市中央区島之内のビル室内で殺意を持って、うつぶせになっていた被害者Aの頸部に前から革のベルトを掛けて巻き付け、後部で交差させた上、その両端を強く引っ張って絞めつけた。

やがてKA・Uも加えて4人で代わる代わるベルトの両端を引っ張ってAの頸部を絞めつけ、20時ごろに被害者Aを絞頸により窒息死させて殺害した。

被害者Aがの混じった鼻水を出したり失禁したりしても4人は躊躇せず、Aを確実に死亡させようとさらに首を絞めた上、たばこの火をAの遺体に押し付け、反応がないことを見てAの死亡を確認したほか、「腹が減った」として同じビルの1階にあった中華料理屋に行き食事をした。

その後Tが事務所に顔を出したため、KAが事情を説明し、死体の処分方法を相談した。KM・KA・HM・Uの4人はTと共謀した上で、22時ごろに室内で被害者Aの死体を布団で包み、ガムテープで固定するなどした上で、4人がかりで外へ運び出し、Tの運転する自動車のトランク内に積み込んだ。

徳島県出身だったTは「大阪から離れた四国の山中に死体を捨てれば足がつかないだろう」と考え、KA・HMを事務所に残してKM・Uの2人とともに車に乗り、六甲アイランドフェリー埠頭神戸港兵庫県神戸市)から徳島港行きのカーフェリーに乗船して四国へ渡った。

そして国道55号を南下しながら死体を遺棄する場所を探し、9月29日5時ごろに高知県安芸郡奈半利町須川甲1845番地の2付近の山中まで死体を運んだ。

そしてKM・Uが山中に死体を投げ捨てて遺棄し、高知自動車道高松自動車道および瀬戸大橋瀬戸中央自動車道)を経由するルート(1994年当時の高知 - 大阪間の最短ルート)で大阪へ戻った。

被害者Aの遺体は1994年11月22日に蛆虫状の幼虫が多数群がり、全身がほぼ白骨化した状態で発見され、その重量は約9.1 kgしかなかった。司法解剖の結果、Aの遺体は内臓破裂に加えて左鎖骨・左第3肋骨・第4肋骨の骨折が確認された。

愛知県への逃亡

大阪事件から2日後の1994年10月1日19時ごろ、KMはUと共謀した上で道頓堀一丁目の路上を歩いていた高校生3人組を恐喝した。

被害者は18歳少年1人+17歳少年2人で、KMは道頓堀一丁目6番17号の喫茶店へ連れて行き、3人に対し「俺はダムに人を落とした」「マンションの屋上から(人を)落としたことがある。逃げた奴はダムに捨てた。逃げたら殺す」「財布を出せ」などと脅し、19時30分ごろに3人からネックレス2本(時価約10万円相当+25,000円相当)と現金55,000円(22,000円+12,000円+21,000円)、財布2個を脅し取った。

さらに3人のうち、17歳の少年1人に対し「喧嘩を売った」などと因縁をつけ、同日20 - 21時ごろまでの間、前述の島之内のたまり場でKAが被害者の顔面・頭部・腹部などを多数回拳で殴りつけたり、腹部を多数回足蹴にしたりなど暴行を加え、包丁を目の前に突き付けて「刺すぞ」などと脅迫したほか、ネックレスを渡そうとしなかった18歳少年の態度に逆上して頭部などを拳で数回殴ったり、包丁を左太腿・左腕に突き付けるなどして脅迫した。

加えてKMも被害者の顔面を拳で殴るなどしたり、HMと共謀した上で残る1人の少年(17歳)に対し「お前だけ殴っていない」と因縁をつけ、顔面を拳で殴る・足蹴にするなどの暴行を加えた(暴力行為等処罰法違反)。

しかし逃げた被害者らが親に被害を打ち明け、警察に通報したため、Uは翌日(1994年10月2日)にパトロール中の南警察署大阪府警察)署員に強盗致傷容疑で逮捕された(その後、保護観察処分)。

恐喝事件の捜査のためアジトの一室へ大阪府警が家宅捜索に入った。これを受け、当時偶然にも外出中で警察の手を逃れたKM・KA・HMの3人はそのままアジトに戻らず逃走を図った。

 

木曽川事件

1994年10月4日、逃走中の3人は兄貴分であるKAの提案で近鉄南大阪線に乗ってKAの育った松原市へ向かい、同市内のパチンコ店に遊びとカツアゲを目的に入店した。

そして暴走族風の男に狙いをつけ、当たり障りのない会話を振ったが、その相手が男V(当時20歳)だった。

Vは自家用車として白いホンダ・シビックを持っていた一方、定職を持たずにぶらぶらしており、3人に対し「仲間に入れてほしい」と頭を下げた。

これに対し、KAは「運転手をやれ。俺たちに従うなら飯はただで食わせてやる。女も紹介してやろう。給料も払ってやる」と条件を提示した。

Vもこれを受け入れて仲間に加わったため、3人はVが運転するシビックに同乗して移動することになった。

行き先についてKAは「奈良県へ行こう」と主張した一方、KMは土地勘を有し、知り合いもいる愛知県へ向かうことを主張し、結局は愛知県へ向かった。

この途中、深夜になってVが半信半疑で「『女を紹介する』という約束はどうなったんだ」と尋ねてきたため、KMがかつてシンナー仲間だった少女W子(当時18歳・一宮市在住)に電話を掛けて「シンナーパーティーをやろう」と持ち掛け、W子もこれに応じた。

翌日(10月5日)7時30分ごろになって4人はW子宅(一宮市)へ到着したが、W子は市内在住のシンナー仲間でKMとも面識のあった19歳少年Xを誘った。

KM・KA・HM・V・W子・Xの6人はしばらくボウリング場・パチンコ店などで時間を潰し、10月6日1時ごろになってW子が仲間の少女Y子(当時16歳)を呼び出し、Y子を加えた7人でシビックに乗車して名古屋市中区までシンナーの買い出しに向かった。

シンナーを購入し、一宮市へ戻ったKMら7人は一宮市内のラブホテルに入り、10月6日3時40分ごろ - 13時10分ごろまでシンナーを吸ったり、カラオケを歌ったり飲酒したりなどして過ごした。

同日午後は再びパチンコなどをして過ごし、18時ごろになってシンナーを吸いたくなったKMがXに「落ち着いて(シンナーを)吸える場所はないか?」と尋ねたところ、Xはシンナー仲間の古株である男Zの家(愛知県稲沢市稲沢町北山)を提案した。

KM・KA・HMの3人を含めた一行は「そこならシンナーを楽しめそうだ」と考え、同日18時ごろにZ宅へ到着した。

Vを除く一行の6人(KM・KA・HMとW子・X・Y子)は新たに3人(Zとその妹、妹の女友達)を加えた9人でシンナーを吸い始めた。

しばらくして突然KMがZに対し「何ガンつけてるんだ」と因縁をつけてZに暴力をふるったが、Zの妹が制止したために収まった。

シンナーパーティーが始まってから1時間後にはシンナーが足りなくなったため、Zが近くに住む不良グループの仲間の1人である男性B(当時22歳)に「シンナーを持ってきてくれ」と電話した。

KMとも知り合いだったBはジュースの空き瓶に小分けされたシンナーを2,500円で購入してZ宅へ持参したが、かつて交際していた女性をKMから強姦同然に奪われた過去があり、シンナーを吸いながらKMをたびたび睨みつけ、KMから掴みかかられると逆に牽制しようと「刑事を呼んでもいいんだぞ」と言い放った。

しかし19時40分ごろ、この言葉に逆上したKMはBの顔面を拳で殴ったり足蹴りしたりした。

またKAもBの身体が邪魔になってテレビが見えにくかったことや、自身も「Bから睨まれている」と感じて腹を立てたことからKMに加勢し、Bの顔面・頭部を拳で殴るなどした。

Zの時と違い、シンナー仲間たちは誰もBへの暴行を止めようとせず[注 67]、KMらはそれぞれの間で暗黙のうちに意志を相通じて共謀してBへの暴行を加えた[12]

大阪事件とは無関係だったXもBへのリンチに加わり、Bの顔面を拳で殴った。

さらにKM・Xはこもごもビールの空き瓶・ウイスキーボトル(平成7年押第231号の7)でその頭部・顔面・背部などを殴打したほか、KAも加えて3人で箒(平成7年押第231号の3)の柄でBの手・肩・背部などを多数回殴打した。

そしてW子もKMの先輩だったBに対し「情けない先輩だな」などと言い、KMとともに箒の柄でBの身体を複数回殴打した。

さらに別室にY子と2人でいたHMも、KMから「お前何やってるんだ、いちゃついてないでお前もやれ」などと指示されたことから暴行に加わり、ビールの空き瓶・箒の柄などでBの身体を殴りつけた。

その間、少女たちは暴行を傍観しながらZ宅の電話を使って宅配ピザを注文し、KMたちは21時20分ごろに配達されたピザを男女10人で食べ、ウィスキーを飲んだりしながらBへの暴行を継続した。

そしてKMはピザを食べる際に使用したフォークをKMの頭部に突き刺し、そこから出血してくるとウィスキーを傷口に注いだり、包丁を突き付けたりした。

またXもKMが包丁とともに持ってきた醤油差しを使ってBの頭部に醤油を垂らしたりした。

同日22時30分ごろ、Zが「そろそろ父親が帰宅する時間だ」と告げたため、KMは無抵抗のBを立ち上がらせて歩かせようとしたが、Bは玄関を出たところで足を引きずりながら脱走しようとした。しかし約20 m程度逃げたところでXらに追いつかれて捕まり、Xの「木曽川べりの緑地公園なら人気がない」という一言でリンチの場所が決まった。

同日23時ごろ、KM・KA・HMおよびW子・X・Y子・Zの7人はVの運転する車で2便に分かれて場所を移動することにし、Z宅から7 kmほど離れた木曽川沿いにある「愛知県木曽川祖父江緑地公園」(以下「祖父江緑地公園」。

愛知県中島郡祖父江町大字祖父江字鍋島132番地 / 現:愛知県稲沢市祖父江町)へ移動した。

そしてKM・KA・HMとX・Wは祖父江緑地公園で共謀してリンチを再開し、HMが近くで拾ったカーボン製パイプ(セイルボード製マストの1部分 / その一部が「平成7年押第231号の2」)でBの身体を十数回殴打したほか、KM・Xもそれぞれ箒の柄・カーボン製パイプでBの頭部・大腿部などを約10回ずつ殴打し、KAも箒の柄でBの身体を殴打した。

途中でBは祖父江緑地公園駐車場へ入ってきた自動車に気付いて追い返したが、警察に通報されることを恐れてさらに場所を移動することを決め、再びVが運転する車で2便に分かれて木曽川左岸堤防に隣接した「尾西文化広場」の駐車場(愛知県尾西市祐久字外浦36番地 / 現:一宮市)へ移動した。Bは既に重傷を負ってはいたが、この時点では死に至るほどではなく、最悪の事態を避ける機会はあったが、KMらはリンチを続けてBを死亡させた。

KM・KA・HMとX・W子は尾西文化広場駐車場でもBへの集団暴行を繰り返し、KAは箒の柄でBの頭部などを多数回殴ったり、堤防の上からBの身体を堤防下へ転がり落としたりしたほか、HMもカーボン製パイプで頭部・背部を数回殴打した。

またKMもカーボン製パイプでBの頭部などを多数回殴打し、XもBの頭部を数回足蹴りした。

この時には「死ね」などと叫びながらBを殴打するKMに対し、W子が「やめて、本当に殺しちゃう」と制止したが、KMはこれを聞き入れなかった。

またXがシンナーの入ったビニール袋をうつぶせになったBの左脇腹近くにおいて点火したが、7時間弱にもおよぶ長時間にわたり強度の暴行をほぼ間断なく執拗に加えられたBは意識が低下しており、ビニール袋に入ったシンナーが自分の肌に接した状態で燃え上がっても払いのけることすらできず、緩慢で微弱な反応しか示せない状態に陥っていた

 

KM・KA・HMとXはBの処置について相談した結果、犯跡を隠蔽するためBの身体を木曽川に流すことに決めた。

2時30分ごろ、KMの指示を受けたXがBの身体を蹴って堤防上から堤防下まで転がり落とし、KA・HM・X・ZはBの両手足を持って引きずったり、脚でBの身体を蹴り転がしたりして、木曽川河川敷の雑木林内までBを移動させて放置した。

Bは草むらに放置された直後まで細い声でうめいていたが、やがて死亡した。

被害者Bの死体は事件から6日後の10月13日に木曽川左岸河川敷の雑木林内(木曽川に向かい堤防の法面の下段端から約10.1 m地点)で発見されたが、死後変化が高度に進行して多数の蛆(最大約14 - 15 mm)が付着し、その蚕食により頭部から体幹にかけての軟部組織をほとんど欠き、内部臓器もなくほとんど白骨化した状態で、その重量は約12.5 kgしかなかった。

 

長良川事件

事件前の経緯

Bが死亡したリンチ事件(木曽川事件)の後、8人のうち男女2人(後述するX・W子)はグループから別れて帰宅した。

一方、KMら残る6人は前日に宿泊したラブホテルで雑魚寝し、10月7日16時ごろにチェックアウトした。

この時には「ここにいても面白いことはないから大阪に戻ろう」という話も出たが、結局KM・KA・HMの3人はいったん解散してパチンコ・カラオケなどで夕方まで時間を潰し、再び合流して夕食を摂った。

そして20時ごろ、KM・KA・HMはV・Y子・Zとともに「稲沢グランドボウル」(愛知県稲沢市井之口大坪町80番地)へ赴いた。

一方で本事件により殺害された被害者である男性C(当時19歳・アルバイター)・男性D(当時20歳・会社員)と負傷した男性E(当時20歳・大学生)は尾西市内にあった中学校の同級生で、それぞれ親しい間柄にあり、同日は地元にあるこのボウリング場を3人で訪れていた。

同日21時45分ごろ、KM・KAはボウリングを終えて同店出入口に向かったところ、ボウリング場を訪れたC・D両被害者とすれ違ったが、その際に「C・D両名が自分たちの方を見て笑った」と感じて立腹し、KMが「何がおかしいんだ。どこの者だ」などと言い、KAも「何見てんだ、お前」などと言ってC・D両名に因縁をつけた。さらにKMは「Cが俺たちを馬鹿にしたような態度を取っている」と感じ取り、C・Dやその近くにいた友人Eを「外で話をしよう」などと言ってボウリング場の外へ連れ出した。

また、その途中でエスカレーター降り口付近にいたHMもKM・KAがC・Dらを伴ってボウリング場の外で行くのを見てKMらに合流した。

KMらはCら3人を駐車場の植え込みに座らせたが、その際にKAはCに対し「何見てるんだ」などと言って顔面を殴りつけた。

さらに後ろにひっくり返ったCに対し、KMは「誰の顔に何が付いているんだ。お前、さっきやる態度を取っただろう。やるんだったらタイマン張ってやるよ」などと言い、Cの髪を掴んで立たせた。

その上でKMはC顔面を7,8回足蹴りし、Cは鼻血を出した。

そしてKAはセカンドバッグを持っていたDに対し「バッグを貸せ」などと言ったが、Dはバッグを両手で抱えるようにして取られないようにしたため、その顔面を拳で1回殴り、DはKAの指輪が当たったことで鼻血を流した。

さらにKMも「兄貴(KA)が貸せというのに何で貸さないんだ」と言ってDを数回殴りつけた。

その様子を見ていたHMは「KMたちはCたちに暴行を加え、Cたちが持っている金品を奪うつもりだ」ということを知った上で、好意を寄せていた少女Y子の前で虚勢を示す心情も加わり、KMたちに加担した。

HMは「俺の本性見せたる。あいつらやったる」などと言いながらCの身体を足蹴りしたり、その顔面・腹部を拳で殴りつけたが、付近を人が通ったためにKMは「人通りがあるから移るぞ」と言い、C・D・Eの3人を連れて自動車内に監禁した上で場所を移動することにした。

その上でKMはEから3人が乗ってきた普通乗用自動車(ミラ)の鍵を取り上げてKAに渡し、KMはVが運転するシビック(2ドア)の運転席側後部座席にEを乗車させ、その隣にY子とともに乗車した。

さらに助手席にはZが乗車し、22時ごろに駐車場を出た。

またKA・HMはミラの後部座席にC・Dを乗車させ、後部座席両側のドアにチャイルドロックを掛けた上で運転席にKA、助手席にHMがそれぞれ乗車し、KAが運転してシビックに追従して駐車場を出た。

被害者3人を監禁して連れ回す

江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場(愛知県江南市宮田神明町緑)へ向かう途中、シビックの車内でKMはEに対し拳・漫画の月刊誌の背表紙・ボクシンググローブで顔面・頭部を多数回殴ったり、「Vの代わりに運転しろ」と要求したほか、「お前のミラをY子に無償で譲れ。車両の名義もすぐに変更しろ」などと要求し、Eはそれらの要求にただ「はい」と答えていた。

さらにKMはEに「いくら持っているんだ?財布を見せろ」と言い、Eから1,000円札3枚(3,000円)が入った財布を渡されるとうち2,000円を奪い(強盗罪)、1,000円札1枚を残した財布をEに返した。

またKMはEに「キャッシュカードはどこにあるんだ。いくら残っているんだ」などと尋ね、Eから「キャッシュカードは家にあるが、残高はない」などと回答されると「後ろの人間(C・D)はいくら持っているんだ」などとさらに尋ねた。

またKAはZが運転するシビックに追従し、C・Dを監禁した状態でミラを運転していたが、HMは22時ごろに江南市方面へ走行していた車内でC・Dに対し「財布を出せ」などと脅迫した。

これに対しCが「D・Eにおごってもらうつもりだったからお金は持っていない」と答えたことに対し、HMはKAとともに「嘘をつくな」と言い、その後Dが差し出した財布から現金8,000円を抜き取った。

HMはKAに対し「このお金はどうする」と尋ねたが、KAから「KMは向こうで(Eから)取っているからいいだろう」と言われたため、HMはKAの取り分として「半分を後で渡す」とKAに言った。

22時30分ごろになってシビック・ミラともに江南緑地公の木曽川左岸園駐車場に到着し、KM・ZはVが運転していたシビックから降車したが、Eは引き続きシビック車内に監禁された。

一方でCはミラの後部座席ドアを開けて逃げ出そうとしたが、これに腹を立てたHMはCの顔面を後部座席ドアの窓に押し付けるように足蹴りしたほか、Dに対しても「お前も一緒だ」などと言って身体を足蹴りした。

またKMもKAが運転していた軽自動車(ミラ)の方へ行き、C・Dを車外へ引っ張り出してCの顔面を数回殴打した。

その上でDの財布の中身を確認していたKAを見ていったんシビックに戻り、Eに「財布を貸せ」と言って再びEから財布を受け取り、KAに渡した。

また、KAは「Dのカードに10万円入っているからその金を取らせよう」などとKMに提案したが、KMから『こんな顔で返したら家の人が警察に通報する。徹底的にやりましょう』と言われたため、「もう俺は知らん」と言っていったんミラを降りた。

一方、HMはKMから「シビックの車内でEが反抗した」などという話を聞かされ立腹し、シビックの運転席側後部座席に座っていたEの顔面などを数回足蹴りした。

しかしこの公園駐車場付近にはアベックなどの人気があったため、KMらは場所を移動することを決め、シビックにEを、ミラにC・Dをそれぞれ乗車させた上で、再び車に乗り込んで駐車場を立ち去った。

KAは走行中のミラの車内でHMに対し、KMの話を伝え「あいつはまたやる気だ」と言ったところ、HMは「昨日もやって今日もか」と言った。

一方、ミラの前方を走行していたシビック車内でKMは行き先について「金華山」(岐阜県岐阜市)「養老の滝」などの地名を出したほか、「名古屋港に沈めてやろうか?」などとEを脅した。

そのままシビックが先行し、ミラが追従する形で走行していたが、KAが行き先を確認するため苅安賀南交差点(一宮市)付近でミラの前照灯を使って合図し、先行していたシビックを停車させた。

KMはシビックの方に来たHMを介してC・Dに金華山や名古屋港への行き方を聞いたほか、HMは同所付近でCら3人に暴行を加えるための凶器を探したが、適当なものを見つけられず、その場を出発した。

その後、KMは途中で「ローソン津島蛭間店」(愛知県津島市蛭間町)に立ち寄った際に店頭でたむろしていた者たちに名古屋港への道順を聞いたが、「名古屋港は警察が多いから行かない方がいい」と言われたために養老の滝への道順を聞いた。

またKMは同店駐車場で壊れたフェンスの支柱部分(太いアルミ製パイプ)や桟の部分である細いアルミニウム製角パイプ(長さ約87 cm・縦約1.8 cm・横約1.6 cm)を見つけ、HMに「いいものがあったぞ」などと言って太いアルミ製パイプ1本を渡した。

HMはそのパイプをミラに積み込み、KMも細いアルミ製パイプ数本をシビックに積み込んだ上で、引き続きシビックの先導で同店を出発し、途中で再びコンビニに立ち寄って養老の滝への道を聞くなどしながら、岐阜県こどもの国駐車場(岐阜県養老郡養老町高林1298番地)へ至った。

こどもの国駐車場でシビックを降車し、ミラの方へ向かったKMはHMから「兄貴はこれでやってください」と言われて太いアルミ製パイプを渡されたが、HMが付近の家に明かりが点いていることを言ったため、再び移動することとなった。

しかしこの後、KA・HMは走行中の車内で「KMに引っ張り回され続けている」として憤懣を募らせ「いい加減にしてほしい」などと言い合った。

被害者2人(C・D)を殺害

KM・KA・HMたちはC・D両被害者の処置について思案しながら連れ回していたが、(殺害現場となった)長良川右岸堤防手前の東海大橋付近で犯跡を隠蔽するために2人を殺害することを決意し、1994年10月8日1時ごろに岐阜県安八郡輪之内町楡俣92番地(長良川右岸堤防)で被害者2人を集団暴行して殺害した(強盗殺人罪)。

岐阜県こどもの国を出発した後、KA・HMは再び行き先を確認するため、東海大橋付近でミラの前照灯で先行するシビックに合図を送った。

HMがシビックに近づき「何をやってるんだ、早くしろ。あそこ(殺害現場)でやればいいんだろう」「川沿いに行けば堤防くらいあるだろう」などと言ったため、KMはVに「長良川の堤防道路へ行け」と指示し、10月8日1時ごろに殺害現場の道路待避所にシビックを停車させ、追従して走行していたミラも止まった。

HMはまず太いアルミ製パイプをシビックへ取りに行き、そのパイプを持ったままCを連れて堤防の下へ下りると、アルミ製パイプでCの頭部を殴打したが、Cが堤防法面の中断(平らな部分)を走って逃げだしたために追いかけて捕まえ、連れ戻した。

またKAは堤防道路から堤防法面の中断へ下りてきたが「Cが『逃げない』という約束を破った」として憤激し、HMから太いアルミ製パイプを受け取った上で「面・胴・小手」などと剣道の真似をしながらCの頭部・上半身・手などを10回ほど殴打した。

その後、再び太いアルミ製パイプを受け取ったHMはCを堤防法面の中段から河川敷へ蹴落とし、アルミ製パイプを用いてCの頭部・背部・脚部などを多数回殴打した。

またKMは走行中のシビック車内で「Eを運転手として利用しよう」などと話していたため「EではなくDに暴行を加えよう」と考え、ミラの後部座席にいたDを車外に出し、堤防上から堤防中段、さらには河川敷へ2回にわたりDを蹴り落とした。

そしてKMは河川敷でDに「死ね」などと言いながら細いアルミ製パイプで頭部・背部・腹部・脚部などの全身を多数回殴打したが、倒れたDが「なんで俺がこんなことされなきゃいけないんだ」などと言って自分の足に掴みかかってきたため、「離れろ」などと言って足蹴りした。

一方でこのころ、Eは車内に監禁されたままで、Vから「あの音が聞こえるか。あれはCたちを殴っている音だ」「あの人たちはヤクザだ」などと脅されていた。

しかしKM・HMによるC・Dへの暴行があまりにも激しいものだったため、これを見ていたY子は2人に対し「やめやあ」などと言ってその棒鋼を止めようとしたが、HMはいったんやめてもすぐに暴行を再開したほか、KMはかえってY子に対し「お前もやるぞ、やられたいのか」などと言い返し、Dへの暴行を継続した。

そのためY子は堤防上に上り、付近にいたV・Zに対し「止めてほしい」と言ったが、「俺たちでは止まらない」などと言われたため、KAに暴行をやめさせるよう頼んだ。

これに対しKAは「言っても無駄だ」と思ってはいたが、Y子に対し「『俺がやめろと言っている』と伝える」と返答した。

これを受けY子は河川敷へ戻り、KM・HMにその旨を伝えたが、HMは「俺が責任を取るからいい」などと答え、KMとともに被害者C・Dへの暴行を継続した。またKMは凶器として使っていた細いアルミ製パイプが折れ曲がってしまったため、HMから受け取った太いアルミ製パイプでさらにCの身体を複数回殴打したほか、Dの頭部・背部などを数回殴打した。

HMはY子から「Cを病院に連れていけば助かる」と言われたが「あかん、もう駄目だわ」などと言い、Cのシャツをめくって煙草の火を押し付けた。

この時点でCは身動きしなくなっており、Dもうなり声を出すだけでほとんど動かない状態になっていた。

その後、堤防上の待避所に車が止まったため、KM・HMはC・Dをそのまま放置してY子とともに堤防上へ上り、KMはV・Y子・とともにEを閉じ込めていたシビックに乗車し、HMもKAとともにミラに乗車してそれぞれ現場を離れた。

一連の暴行により、被害者C・被害者Dともに多発損傷に基づく組織間出血により失血死した。2人の遺体は激しい暴行によって頭部が血に染まり、衣服が裂けていた。

また両腕は振り下ろされる凶器を必死で防ごうとしたためか、傷でボロボロになっており、指の付け根も裂けていた。

KMはシビックの車内で「1人は意識不明で死んだかもしれん。もう1人はうーって唸っていた。あいつにとどめ刺しとけばよかった」などと言い、運転していたVに車をUターンさせるよう指示して現場へ戻らせたが、現場付近に車が止まっていたためそのまま通り過ぎた。

またHMはミラの車内でKAから「死んだのか」などと尋ねられ「1人は死んでるかもしれん。もう1人はわからん」などと答えた。

さらにKMはグループの仲間である2人の少女(W子・Y子)が被害者たちへのリンチに出を出さなかったどころか、逆に苦しむ被害者たちを見て「もう死んでしまうからやめて」などと犯行を阻止しようとする態度を見せていたことから「警察に通報されるかもしれない」と恐れ、犯行後に「W子・Y子を後で殺すつもりだ。1人殺すのも100人殺すのも同じだ」と仲間に話した。

しかしこの発言が仲間たちを「もうついていけない。今度は自分たちがやられるかも」と恐怖させ、10月13日に仲間4人(W子・X・Y子・Z)が身の危険を感じて自首するきっかけとなった。

被害者Eを解放

被害者C・Dの2人がKM・HMの暴行により殺害された後もEはシビックの車内に監禁され続けた。

一方でKMらはC・Dを殺害した後、Eを連れたまま殺害現場を立ち去り、給油などをしながら「サークルK一宮インター店」(愛知県一宮市丹陽町三井460番地)へ移動した。

10月8日2時30分ごろ、KMは同店でKA・HMを「ちょっとこっちに用事がある」などと呼びつけて「俺はここで別れたい」と言った。

しかしKA・HMは「Eの身柄などを自分たちに押し付けるつもりだ」と思って憤慨し、KAは「全部俺たちにやらせるのか」などと言った。

KMはこれに対し「それなら俺もやりますわ」などと言い、同店駐車場にて細いアルミ製パイプで数回Eの頭部を殴りつけた。

これを見たKA・HMが「Eの身柄は自分たちが引き取る」旨を告げた上でKMにミラの処分を依頼し、KMはVとともにミラを同所から移動させ、一宮市役所丹陽町出張所(一宮市丹陽町内)の駐車場で指紋などを消すため、ミラに消火器の消火剤を散布した上で同所に放置し、サークルK一宮インター店へ戻った。

そしてKMはY子・Zとともに3人でタクシーに乗車してその場から立ち去った。

一方で同店駐車場でKM・Y子・Zの3人に代わってシビックの助手席にHMが、後部座席にKAがそれぞれ乗車し、Eを乗せたままVがシビックを運転して大阪市方面へ向かった。HMは走行中の車内でEから現金1,000円・財布1個(時価約1,000円相当)を強取した(強盗致傷罪)ほか、Eに対し「琵琶湖に沈める」「瀬戸大橋から落としてやろうか」などと言って脅迫した。

KAはVに大阪南港(大阪市住之江区)へ向かうよう指示し、シビックは10月8日6時ごろに大阪南港へ到着した。

KAは車内にEや寝込んでいたHMを置いたまま車外に出て付近で時間を潰し、Eの身柄の処置についても思案したが、最終的にEを解放することを決め、その旨をVに伝えてシビックを同市内の天王寺駅方面へ向かわせた。

その後、大阪南港を出発してから目を覚ましたHMは大阪南港に言っていたことを聞き、「それを言ってくれたら俺が(Eを海に)沈めてやったのに」などと言い、Eの解放にも消極的な態度を示した。

しかし最終的にはHMもEの解放に納得し、8時30分ごろにKAはEに対し「帰りの交通費」として4,000円を渡し、近鉄難波駅(現:大阪難波駅)付近の路上(大阪府大阪市中央区難波三丁目5番8号)で解放した。

被害者Eは殺害された2人(C・D)とは異なり、身を守ろうとするなどの抵抗をせず、殴られるまま無抵抗だったことから結果的に殺されず、最終的には解放された。しかし長時間にわたり車内に監禁されて金品を奪われ、一連の暴行により全治約1週間の頭部外傷および顔面・頸部挫傷の怪我を負った。

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