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【放送事故】20世紀最後の死刑囚。凶悪犯罪を300件犯し、クイズ番組で優勝した男(勝田清孝)@アシタノワダイ

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【放送事故】20世紀最後の死刑囚。凶悪犯罪300県んを犯し、クイズ番組で優勝した男(勝田清孝)@アシタノワダイ

 

勝田清孝事件

1972年昭和47年)から1983年(昭和58年)の約10年間に勝田 清孝(かつた きよたか)が東海地方近畿地方で8人を相次いで殺害した連続殺人事件である。勝田は1994年に死刑判決が確定し、2000年に執行された[3][4]。10年間で約300件に及ぶ窃盗・強盗殺人を起こしたが、勝田の犯行とされているものの多くは初め別件だと思われていた。

 

加害者・勝田清孝は1972年から1983年まで約10年間にわたり凶悪犯罪を繰り返し、犯行方法も次第にエスカレートしていった。警察官交通事故で呼び出し、駆けつけた警察官をで轢き、銃を盗むという過激な犯行にもおよび、1982年10月31日から翌日にかけてその拳銃で、高速道路サービスエリアから強引にヒッチハイクして乗り込んだ車の運転手を射殺、この一連の犯行で警察庁は「警察庁広域重要指定113号事件」に指定した。この取り調べの過程で、これ以外の7件の殺人事件を自供した[6]

殺人については22件について疑われ、勝田本人も22人を殺害したと自供したものの、14件は確証がなかったため立件されず、勝田による殺人と断定された被害者は計8人(広域重要指定113号事件の1人+それ以前の事件による7人)のみである。また、勝田による犯行の多くは当初同一犯人による事件ではないと思われていた。

1994年に7件の強盗殺人事件と1件の強盗殺傷事件により最高裁で死刑が確定、2000年に20世紀最後の死刑として執行された[7]。また連続殺人事件としては古谷惣吉連続殺人事件大久保清事件と並び、殺害された被害者数(8人)は戦後日本の裁判史上最多である[8](単独の事件での死者数最多は2020年時点で京都アニメーション放火殺人事件)。

勝田清孝事件 - Wikipedia

 

【放送事故伝説】連続殺人犯人がクイズ番組に出場しまさかの優勝!?

皆さんは「殺人事件の犯人がクイズ番組に出演し優勝した」という話を聞いたことがあるだろうか。実はこの話、フィクション都市伝説ではなく、本当にあった話で当時の新聞紙面を大きく賑わせていている。

 1972年(昭和47年)から1983年(昭和58年)の約10年間に東海および近畿地方で男女含め8人を相次いで殺害した「勝田清孝」という連続殺人鬼がいた。

 勝田は1972年京都府に住む24歳のホステス女性を殺害したことを皮切りに、33歳のクラブママ、32歳のホステス女性など合わせて8件の殺人を起こした。勝田は計画性をもって殺人を起こすタイプの人間ではなく、その時の感情を優先し衝動的に殺人を起こすタイプの人間(殺された被害者に共通点は見当たらない)で、行動原理が人間というよりも動物に近かったため、犯人の特定には相当な時間がかかったとされる。

 そんな勝田がテレビクイズ番組に出演したのは1977年7月のことであった。

 出演したのは朝日放送(ABCテレビ)で放送されたクイズ番組『夫婦でドンピシャ!』という落語家月亭可朝と女性漫才師の海原小浜が司会を務める番組で、一般参加の夫婦(4組)がお互いの私生活に関する質問に答え、それが夫婦同じ答えなら賞金を獲得できるというもので、勝田は当時結婚していた妻と出場。仲の良い夫婦ぶりを見せ、時々のろけ話も出るなどし、最終的に勝田夫婦は優秀な成績を収め、優勝してしまったという。

 恐ろしいのは、番組に出演した勝田の前後の行動である。

 当時の記事によると、番組が収録された7月6日の6日前、勝田は名古屋市の麻雀店に勤めるアルバイト女性を絞殺。さらに優勝から1か月も経っていない8月12日には美容師指導員の33歳女性を殺害している。

 この事実は勝田が逮捕された1983年に判明したのだが、このあまりに大胆不敵な行動に当時の新聞読者は恐怖したという。

 なお、『夫婦でドンピシャ!』はこの時点で放送が終了しているが、司会を担当していた海原小浜は優勝した勝田のことをよく覚えているといい、「とても人を殺すような人間には見えなかった」と語っている。なお、勝田は2000年(平成12年)11月30日に死刑執行されたが、この勝田の死刑執行は20世紀最後に行われたものだった。

文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)

news.nicovideo.jp

 

 

夫婦でドンピシャ!

1976年4月3日から1982年10月9日まで朝日放送(ABCテレビ)で放送されていた視聴者参加型クイズ番組である。

元々は1975年10月から1976年3月まで『夫婦善哉』の後番組として土曜22:30枠で全国ネットされていた『三枝アンヌの愛あいゲーム』で、それが終了した後に同様のフォーマットで出演者と番組名を変えて土曜12時台のローカル枠へ移動させたものである。

関西ローカルに降格したものの、北海道テレビ東日本放送静岡朝日テレビ(当時は静岡県民テレビ。途中からネット開始)、名古屋テレビ瀬戸内海放送広島ホームテレビ九州朝日放送などの一部のANN系列局や系列外の新潟放送、ANN系列と他系列とのクロスネット局である山口放送テレビ大分独立局テレビ神奈川などでも番組販売扱いで同時ネットまたは遅れネットされていた。

番組のテーマ曲はキダ・タローが手掛けた。この曲は、2010年12月1日にアップフロントワークスから発売されたベスト・アルバム『キダ・タローのほんまにすべて』のDisc.2に収録されている[1]

ja.wikipedia.org