アシタノワダイ削除動画@ホンネとタテマエ

新聞やメディアが報じていることは本当に真実なのか?

【後遺症?失敗?失明?】レーシックの闇を漫画化してみた(マンガでわかる)@アシタノワダイ

f:id:neko7773:20210210121103j:plain

信じるか信じないかはあなた次第

 

世界最高医が教える目がよくなる32の方法

 【後遺症?失敗?失明?】レーシックの闇を漫画化してみた(マンガでわかる)@アシタノワダイ

www.youtube.com

私、レーシック手術で失明しました

右写真、眼球の拡大写真を見ると「黒目」の上に白い濁りがあるのが分かる。角度を変え、瞳を横から見ると、表面はところどころえぐれ、デコボコになっている。兵庫県在住の女性・Kさん(46)は'10年、視力矯正のため、眼球の表面「角膜」を削る「レーシック」手術を受けた。

「手術を受けた後、黒目に白斑が出ました。術後、一旦は視力が回復したのですが、1ヵ月経った頃から右目の視力がどんどん下がって、2ヵ月後、ついに目の前に差し出されたグー、チョキ、パーの形をまったく見分けることができない失明状態になりました。視界が真っ白で異様にまぶしく、吐き気やめまいを感じるようになったんです」(Kさん)

 

12月4日、レーシック手術後、何らかの不具合を感じたという相談がこの4年半で消費者庁に80件寄せられていたことが発表された。同庁が先月行った、レーシック手術を受けた600人へのアンケートでは、約4割が何らかの不具合を感じていることが分かった。レーシック手術の安全性に大きな疑問が投げかけられている。

本誌の取材でも、「不具合」というにはあまりに重篤な症状に苦しむ患者が多数いることが分かった。Kさんが続ける。

「私が手術を受けた頃、ちょうど職場でレーシックがブームになっていました。

手術前、医者には『デメリットのない手術です』『事前に後遺症について説明するよう国から言われているから説明するが、実際こんなことはまず起きない』と勧められました。費用は37万円でしたが、安全なら……と決めました」

しかし期待は裏切られた。手術直後に目に痛みが出、術後1ヵ月頃を境に視力が落ち始めた。

「玉ねぎを目にこすりつけられるような痛みが続きました。医者に相談しても、『大丈夫』とか『違和感は当然』とか突っぱねられてしまいました。でも術後2ヵ月半経って右目がほぼ見えなくなったために検診をしてもらったところ、角膜ヘルペスと診断されたんです」

角膜ヘルペスは発見初期であれば4~5日で治る病気だが、このとき、Kさんの角膜はすでに手遅れの状態だった。

「我慢できなくて別の病院を紹介してもらって、治療をしました。でも結局視力は今もあまり回復していません」

Kさんは手術翌年の7月、7年間勤めていた大手通信会社を退職した。

「光がまぶしくてまぶしくて、パソコンの前に5分と座っていることができないんです。頻繁にトイレで吐きました。当時は息子が受験生だったんですが、お弁当を作ってあげることもできなくて……。

今は暗い部屋で布団をかぶってなんとか生活しています。病院側は『不可抗力だった』と言うばかりで、キチンと非を認めません。手術費のうち17万円は返金されましたが生活は戻ってきません」

埼玉県在住の女性・Sさんは、'07年に手術を受けてから、目の奥をつかまれているような痛みがずっと続いているという。一日に何十回と目薬を差しているが、まったく症状は改善しない。

Sさんがここ2年で使った目薬。病院に対応を拒まれ、訴訟のため、目薬容器を保存している

石川県在住の大岡竜治さん(34・右写真)は、'09年の手術以来、ものが二重三重に見えるようになった。吐き気と頭痛のため救急車で運ばれたこともあったが、病院側は「精神状態が悪いからだ」とペンを机に叩きつけて突っぱねた。

10年以上続けてきた介護職は手術後、休職と復職を繰り返していたが、昨年初めに退職した。現在は弁護士と裁判準備中で、協力してくれる医師も見つかったが、医療過誤訴訟は費用も高くいまだ提訴できないでいる。

危い病院の見分け方

16年間レーシック手術に携わり、現在は月に約60人の手術をする、みなとみらいアイクリニックの主任執刀医、荒井宏幸氏は、消費者庁発表の数字は大きすぎるとしながらも次のように言う。

「レーシック手術は一人ひとりに合った治療プログラムを提案して、数ヵ月間にわたってアフターケアをしなければならない性質のもの。しかし、一部の美容整形外科で眼科医を集めてレーシック治療を行っている場合、説明もアフターケアも十分に行わないベルトコンベア方式で患者を治療します」

09年に発覚した銀座眼科の感染症事件では、手術器具をろくに滅菌処理しない、ずさんな管理体制のため、レーシック手術を受けた患者の約1割、75人が感染性角膜炎などを発症した。

「ビジネスとしてレーシックをやる、商品を売るという態度だからこんなことが起きるのだと思います」(前出・荒井氏)

ブームに乗って、雨後のタケノコのようにレーシック執刀医が増えたが、なかにはとんでもない悪質な医者もいる。

「フライデー」2013年12月27日号より

gendai.ismedia.jp

レーシック手術後の後遺症経過まとめ

よめたんの染井です。

このブログも長くなりすぎたのでレーシックに関する事をまとめておきました。誰かの参考になれば幸いです。

ライフワークのように後遺症の記録を今後も書き続けるようなことをないことを祈りたい。

手術先
品川近視クリニック名古屋院

術式
最高級アマリスZレーシック

まあ、単純にまとめると

「当時の品川近視クリニックで一番高い金額の手術」

でした。(※角膜強化のクロスリンキングは除きます

レーシック手術後 4日目

すでに吐き気と気持ち悪さの症状有り。

吐き気が止まらず
いわゆる過矯正状態で気持ち悪い状態が続いております。

遠くを眺めるにはまだ申し分ないのだけど自分の目の調節が全然追い付いてないみたいで吐き気がウボアアアアアアアア。

術後数日でもう体調不良がかなりきつく、とにかく対処法を探すのに必死でした。どうにもならんかったのが後の体験からの結果ですが。

当然この時点で既に品川近視クリニックには相談済み。が、

「眼には問題なかったから内科へ行ってみては?」

との対応。即座に録音モード入ったのは言うまでもない。

レーシック手術後 5日目

翌日。

ぶっちゃけ完全にノックアウトしてる。

動悸が続いて、昨晩から寝れていない

軽い興奮状態なようで瞼が全然落ちてこようとしませんでした。理由は不明。動悸が続いて心拍数が高いのはわかるけど疲労のたまってる目がなんで休もうとしないのか。色々と脳が狂ってるのかなぁ。嫌だなぁ。

動悸を訴えたら他所の病院へ行けと指示

とりあえず今日の要点は昨晩から何もしてなくても動悸と倦怠感と胃や胸のムカつきが出てるのは続いてること

いや、それはどう考えてもレーシックの影響というか目の疲労からくるものだろうと思いますが、品川近視クリニックに連絡したみたところ

「因果関係はあるかもしれないが目からくるものと断定もできないので内科いけ。いいから内科いけ。頼むから内科いけ」

でございました。

ネット上で弱みをそこまで出すのをためらっているのが垣間見えます。

とにかく吐き気、動悸、気持ち悪さが24時間続く。寝れない日が続きます。

レーシック手術後 一ヶ月

今日は手短に書きます。理由?

( ゚Д゚) 死ねる

以上。

 

で、1ヶ月後にはダウン。



この辺りでブログで強がる気力もなくなってる。

レーシック手術後 二ヶ月後

症状

症状としちゃ過矯正と言われる人の症状に近いです。ただ屈折率等を見ると正視な数値なので自分でもなぜなのだろうか…と困っちゃってます。近くも遠くも見えるしぶれてもない…あー…もう…原因教えてー…。

レーシック手術後2ヶ月後。

まともにパソコンに向かうことすらできなかった模様。この辺りで会社の人たちも異変に気付いて心配をされます。

いや、まあ、そりゃ仕事を放り投げて机以外に壁やら食堂で業務中なのに頻繁に突っ伏して呻いていればそりゃだれでも気づくか。

レーシック手術後 三ヶ月後

失敗した。俺は失敗した。

寝れない。この2ヶ月体がおかしい。夕暮れの太陽光でも動悸がする、暗いところでも動悸がする、眠ろうとしても寝れない、視点の位置が変わってきた。

耐えれない。これ以上はもう頭がおかしくなりそう。

レーシック術後3ヶ月後。

この頃はさらに症状が酷くなり自律神経が完全に破壊された状態。

連日まともに眠ることもできず、座ってるだけで動悸が激しくなり、吐き気もより酷くなり、なぜか手や背中に痺れのような痛み、耳鳴りと完全に狂ってきていました。

個人的に腕の痺れが出てきたタイミングが限界のサイン。腕まで眼球の痛覚が走るので。眼から腕の痛み…?読んでて意味分からない?

書いてる自分でもなんで急にこんなことになったのか分からない。でも事実そうだったのだから仕方がない。

さらに10日後には限界を迎え病院送り

会社で限界を迎え倒れる

だって心療内科通うことになったし!!

病院をたらい回しにされて

最終的に不本意ながら心療内科に流れつき強制有給消化の長期休暇期間に。

その後 半年~4年ほど

半年、1年後、2年後、3年後…と経過を観察するも、ただただ痛い、吐き気がする、気持ちが悪いと変化もないため割愛。

2012年8月

横になっててもダメ。テレビをみてるとさらにダメ。本もダメ。ただただ気持ち悪い時間がずっと体に張り付いき、右目頭付近の筋肉が突っ張るように凝り固まる。レーシック術後210日経過しても変わらない。この体の変調は変わっていない。

2012年10月

気持ち悪い

何度もレーシック以降にこの言葉を口にしたのかわからない。でもこれしか言いようがない。

気持ち悪さがまったくとれない。胃に来る気持ち悪さ。早く楽になりたい。けれどもいくら眼に負担をかけなくても眼を開いたらすぐにおかしくなる。どうしようもない。どうにかしたい。しかしどうしようもない。抜け出せない。

2013年12月

痛い痛い痛い痛い

殺される。自分の身体に殺される。痛い。眼を閉じても筋肉が収縮し続ける。痛い。顔の神経が殺しにかかってる。死ね。死んでしまえ。

2016年11月

休日。

関係なく吐き気と眼球圧縮と眼球引き裂け。臓物引き抜かれてるような感覚。ああ、眼も臓器か。何日目だ1743日めか。もうここまできたら脳も狂ってしまってくれたほうが楽だ。キチガイになりたい。感覚遮断したい。毎日拷問だ。

翌日には吐き気を訴えていたのが、3ヶ月目には耐え切れなくなった。症状そのままで4年以上続いた。

まとめるとそんなところ。

番外編

品川近視クリニックから発信者個人情報開示請求と削除申立

品川近視クリニックを運営する「医療法人 社団 翔友会」から後遺症ぶち込んでおいて弁護士の召喚。こんなこともありました。

このたび、ご利用のはてなブログ
http://somei2012.hatenablog.com/
に対して、医療法人社団翔友会の代理人弁護士より、権利侵害情報であるとして
削除申立ておよび発信者情報開示請求がありました。
申立ての詳細は下記の通りです。

当ブログの削除と、はてなブログに登録している個人情報の開示を求められました。自分の情報を広められては邪魔だったのでしょうね。知らんがな。

当時、まとめブログで拡散されて野次馬の玩具になってはいましたが、レーシックの被害実態を訴えるという目的は果たしておりました。

何よりこのまま状態を訴えても自分の症状が治るわけじゃないので削除という対応もありました。

けどさあ…

こっちは人生破壊レベルの後遺症をぶち込まれて今更引くわけなかったんだなぁ…

 

番外編 消費者庁への協力

レーシックの被害内容を消費者庁がまとめてレポート公表してくださいました。

他のレーシック後遺症患者の協力や、三谷英弘先生(現:自由民主党)のご尽力があってこその展開でした。

日本医師会、眼科学会、大学病院を始めとしたレーシック取りまとめ機関に散々訴えましたが、被害実態の調査に動いてくれたのは消費者庁でしたので。

結果、レーシック手術後のクリニックの対応や症状などが世間に公表されました。

が、慶應のレーシック推進の教授が激おこで消費者庁の担当者を呼びつけて大変だったとかなんとか。知らんがな。本来、後遺症調査もしてこなかった連中が何言ってんだ。

メガネをかけたまま「レーシックは安全な技術」な発言をしてただけじゃないの

消費者庁の発表後の各施設のまとめ

で、この騒ぎを受けてかどうか知りませんが、このタイミングの後に美容系以外のレーシック推進派の眼科医施設が全国的な手術数の統計や満足度調査を始めます。

今更か。

具体的にはメガネをかけてレーシックは安全ですよ!とテレビで火消しに回ったあの団体のことです。

ええ。あの団体施設で手術をしたわけじゃないけどさ。

今 更 か 。

レーシック手術後1928日後(約5年経過)

我ながらずっと吐き気、眼球痛い、動悸が…

そんなことばかり書いていたのでさらにすっとばします。

この時点で斜視手術をすることになりました。

え?なんで?と言われても複視が出てきたのだから仕方ない…

遠視コンタクトやメガネ、プリズムメガネ、フレネル膜レンズ、低濃度ミドリンなど色々試したものの解決の糸口は見えない期間が続きます

レーシック手術後2100日後(約6年経過)

なんだかんだと「斜視手術」二回目をやることになります。

そうして二度目の斜視手術の末、やっとこさ最低限度の生活に戻ってきました。苦節6年。ここまでひたすらに人生を無駄に振りましたが、最終的にレーシックの後遺症で発狂していたのが、眼位を治す斜視手術をすると、症状が落ち着きかけてきた

ーーーとなりました。

ただ、誤解ないようにしていただきたいのですが「レーシックの後遺症症状に斜視手術が有効」というわけではありません。

疑似レンズで散々試してみたりした上で斜視手術に望みましたが、レーシック後に顕在化した眼位異常に対してそもそも手術をして良いのか?根本原因はなんなのか?と原因を探ってはみましたがついぞわかりませんでした。どうにも両眼視コントロールも不能になったから受けざるをえなかった。そうしたら改善の結果に繋がった。そうご理解ください。

2000日以上を過ぎて最低限度の体調に近づいた程度ということに虚無感は拭えませんが、術後初期の自殺を選択してもおかしくなかった頃を思うとよく戻ってこれたと思います。

とりあえず追記するにしても今後は快方に変わった記事になることを願うばかりです。

まとめ|今後自分のような患者を救える状況になることを願う

以上、自分のレーシックに振り回された人生の汚点の記録でした。

レーシック手術の結果、快適に過ごせてる人のほうが多いとは思いますが、後遺症(個人的には障害)と呼べる症状側に回った場合の参考として誰かの役にたてば幸いです。

下記、記事ではこの記事と同内容のことをまだ短めにまとめておきました。よろしければ御覧ください。

somei2012.hatenablog.com