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【SASUKEに人生を捧げた山田勝己】筋肉番付が打ち切りになったとんでもない理由(マンガで分かる)@アシタノワダイ

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信じるか信じないかはあなた次第

【SASUKEに人生を捧げた山田勝己】筋肉番付が打ち切りになったとんでもない理由(マンガで分かる)@アシタノワダイ

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挑戦者が半身不随になったケースも…事故続出だった『筋肉番付』のアスレチック企画

TBSでやっていた『筋肉番付』という番組を覚えているでしょうか? 1995年から2004年まで放送されていた同番組。内容は、素人・アスリート・芸能人が様々なオリジナルの競技にチャレンジするというもので、つい先ごろ『報道ステーション』のキャスターを降板した古舘伊知郎も、メインMCとして華を添えていました。

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世界的人気を誇る『SASUKE』

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そんな『筋肉番付』の企画からスピンオフし、スペシャル番組として長年人気を博しているのが『SASUKE』です。毎回100人の一般参加者が、4つのステージに分かれた巨大アスレチック攻略を目指すというこの特番は、なんと現在まで31回も開催されているのだとか(2016年4月時点)。さらには、海外でも「Ninja Warrior」として、日本の番組では最多となる世界165の国と地域で放送されているというのだから驚きです。

完全制覇者は3,100人中、たったの4人


さて、この『SASUKE』ですが、人気と共に難易度の高さも群を抜いています。これまで約3,100人が挑戦しているのに、完全制覇者はなんとたったの4人。全国の筋肉自慢・スポーツマンが集まっているのに、この数字です。難攻不落の障害物へ果敢に挑むも、あえなく脱落……。そんなシーンが幾度となく繰り返されてきました。
だからこそ、チャレンジャーはまるでRPGの魔城に挑む勇者のような気持ちになり、1stステージから最大限のエネルギーでぶつかっていくのでしょう。時にそのエネルギーが、魔城の高く聳え立つ牙城に跳ね返され、怪我を負ってしまうケースもしばしば。高難度のアスレチックですから、ある程度の負傷は仕方ありません。打撲・打ち身・捻挫程度なら、チャレンジャーもスタッフも想定の範囲内だと思われます。しかし2002年5月、起きてはならない事故が起きてしまったのです。

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2つの大事故…『筋肉番付』打ち切りの事態に


この日、横浜市青葉区のTBS緑山スタジオで『SASUKE』の類似企画『力島』の収録が行われていました。ここで大学生2人が重傷を負ったのです。事故が発生した箇所の一つは、坂の頂上から転がり落ちる大玉を受け止めて、坂の上まで押し上げる「ロックアタック」なる種目。挑戦した東海大学の学生が、落ちてくる玉を受け止めきれずに転倒して玉の下敷きに。意識不明・両足麻痺の重体となりました。
もう一つは、大玉の上をまるでサーカスのピエロのように乗りこなし、幅2.5メートルの水路を渡る「ロックバレー」なる競技でのこと。京都大学の中国人留学生がバランスを崩し、玉から落下。病院に搬送された後、頚椎骨折と診断されました。以後、半身不随の状態が続いているそうです。

この事態を重く受け止めたTBSは同月24日、番組の打ち切りを正式に表明しました。しかし、その後、2006年に『SASUKE』の女性版『KUNOICHI』で感電事故、2007年に『SASUKE』で足の複雑骨折者を含む5人の重軽傷者を出している同社。加えて、警察への通達を怠るなど、事故への安全確認・事故後の対応、共に問題視されています。

そして今年の夏、『SASUKE2016』と題した特番が放送される予定です。TBSの公式ホームページにも開催を知らせる報が掲載されており、そこにはこんな文言が記載されています。
「『SASUKE』の制作に際しては、参加された方々の安全を確保するための万全の対策を行っております。」
ぜひ有限実行し、過去の過ちを繰り返さないで欲しいものです。
(こじへい)

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SASUKE(サスケ)の歴代完全制覇者

SASUKE(サスケ)の歴代完全制覇者一覧まとめ

SASUKEの歴代完全制覇者は以下です!

完全制覇者 大会
秋山和彦(6.0秒残し) 第4回大会 SASUKE1999秋(1999年10月16日放送)
長野誠(2秒56残し) 第17回大会 SASUKE2006秋(2006年10月11日放送)
漆原裕治(3.57秒残し) 第24回大会 SASUKE2010元日(2010年1月1日放送)
漆原裕治(6.71秒残し) 第27回大会 SASUKE2011秋(2011年10月3日放送)
森本裕介(2.59秒残し) 第31回大会 SASUKE2015(2015年7月1日放送)
森本裕介(2.59秒残し) 第38回大会 SASUKE2020(2020年12月29日放送)

SASUKEは、1997年9月27日に第1回目が開催され、2020年12月29日時点で38回開催されています。

この38回までの間に、完全制覇を達成できたのはわずか4名ですね。

6回の完全制覇が達成されていますが、そのうちの漆原裕治さんと森本裕介さんが2度完全制覇を達成!!

 

 

まさに、SASUKEマスターと言っても過言ではありません!

近年のSASUKEでは、秋山和彦さんは出場しないものの、長野誠さん、漆原裕治さん、森本裕介さんは出場していますね!

 

ウォチマル
ウォチマル
長野誠さん、漆原裕治さん、森本裕介さんのスリーショットは迫力満点!
フクマル
フクマル
この3人は完全制覇に非常に近い!

SASUKE(サスケ)のファイナリスト一覧まとめ

SASUKEのファイナリスト一覧は以下です!

※右にスクロールできます。

大会 ファイナリスト 完全制覇者
第1回大会(1997年9月27日放送) ・大森晃
・川島孝幸
・長谷川健
・楊崇
なし
第2回大会(1998年9月26日放送) ・田中光
・大森晃
なし
第3回大会(1999年3月13日放送) ・山田勝己
・山本進悟
・大森晃
・山本達也
・松本稔
なし
第4回大会(1999年10月16日放送) 秋山和彦 秋山和彦(6.0秒残し)
第5回大会(2000年3月18日放送) なし なし
第6回大会(2000年9月9日放送) なし なし
第7回大会(2001年3月17日放送) 山本進悟 なし
第8回大会(2001年9月29日放送) ・ケイン・コスギ
・ヨルダン・ヨブチェフ
なし
第9回大会(2002年3月16日放送) なし なし
第10回大会(2002年9月25日放送) なし なし
第11回大会(2003年3月21日放送) 長野誠 なし
第12回大会(2003年10月1日放送) ・長野誠
・白鳥文平
・朝岡弘行
なし
第13回大会(2004年4月6日放送) 長野誠 なし
第14回大会(2005年1月4日放送) なし なし
第15回大会(2005年7月20日放送) なし なし
第16回大会(2005年12月30日放送) なし なし
第17回大会(2006年10月11日放送) ・長野誠
・長崎峻侑
長野誠(2秒56残し)
第18回大会(2007年3月21日放送) なし なし
第19回大会(2007年9月19日放送) なし なし
第20回大会(2008年3月26日放送) なし なし
第21回大会(2008年9月17日放送) なし なし
第22回大会(2009年3月30日放送) 漆原裕治 なし
第23回大会(2009年9月27日放送) ・長野誠
・菅野仁志
なし
第24回大会(2010年1月1日放送) ・漆原裕治
・橋本亘司
・奥山義行
・高橋賢次
・リー・エンチ
漆原裕治(3.57秒残し)
第25回大会(2010年3月28日放送) なし なし
第26回大会(2011年1月2日放送) なし なし
第27回大会(2011年10月3日放送) ・漆原裕治
・又地諒
漆原裕治(6.71秒残し)
第28回大会(2012年12月27日放送) なし なし
第29回大会(2013年6月27日放送) なし なし
第30回大会(2014年7月3日放送) ・又地諒
・川口朋広
なし
第31回大会(2015年7月1日放送) 森本裕介 森本裕介(2.59秒残し)
第32回大会(2016年7月3日放送) なし なし
第33回大会(2017年3月26日放送) なし なし
第34回大会(2017年10月8日放送) なし なし
第35回大会(2018年3月26日放送) 森本裕介 なし
第36回大会(2018年12月31日放送) 森本裕介 なし
第37回大会(2019年12月31日放送) ・多田竜也
・レネ・キャスリー
なし
第38回大会(2020年12月29日放送) 森本裕介 森本裕介

※右にスクロールできます。

上記の表を見ると、全38回中、出場者がファイナルステージまで残ったのは、わずか20回。。

さらに、完全制覇者は全38回中6回しか達成されていませんので、いかにSASUKEの攻略が難しいかがわかりますね。

ウォチマル
ウォチマル
ファイナルステージに残るまでが至難の技。。
フクマル
フクマル
完全制覇なんて難しすぎるね。

また、完全制覇者が出ると、ステージの難易度が上げられてしまうので、完全制覇者が出た後のSASUKEはファイナルステージに残るのもかなり難しいです。

実際、上記の表を見ても分かる通り、完全制覇者が出た後のSASUKEは、一人もファイナルステージまで残っていません。

ウォチマル
ウォチマル
新ステージの攻略には時間がかかるんだよね。
フクマル
フクマル
SASUKEオールスターズでも、新ステージ攻略は大変。

また、歴代のファイナルステージ進出者の進出回数は以下の通りです。

ファイナルステージ進出回数 ファイナルステージ進出経験者
5回 長野誠
4回 森本裕介
3回 漆原裕治
2回 ・大森晃・山本進悟・又地諒
1回 ・川島孝幸・長谷川健・楊崇・田中光・山田勝己・山本達也・松本稔・秋山和彦・ケイン・コスギ・ヨルダン・ヨブチェフ・白鳥文平・朝岡弘行・長崎峻侑・菅野仁志・橋本亘司・奥山義行・高橋賢次・リー・エンチ・川口朋広・多田竜也・レネ・キャスリー

長野誠さんは2003年〜2004年にかけて3大会連続でファイナルステージ進出を果たしていて、2006年の第17大会で完全制覇を達成しています!

3大会連続でファイナルステージに進出してから、3大会連続でファイナルステージから遠ざかっていましたが、第17回大会で見事に完全制覇を達成しましたね!

 

ウォチマル
ウォチマル
長野誠さんの当時の安定感はすごかった!
フクマル
フクマル
『ファイナルステージ進出は当たり前』って感じだったね。

最近は、SASUKEオールスターズに加えて、『森本裕介』『多田竜也』の若手も加わり盛り上がりを増しています!

 

 

それに加えて、レオ・キャスリーなどの実力ある外国人勢も参戦していますので、ますます見応えがありますね!

 

ウォチマル
ウォチマル
近年はベテランから若手まで実力者が多いから面白い!
フクマル
フクマル
ただ、ステージも難しくなっているんだよね。

SASUKEの有力選手&注目選手を紹介

SASUKEには毎大会登場する有力選手がいます!

それが以下のメンバーですね!

注目選手

・SASUKEオールスターズ

・SASUKE新世代

SASUKEオールスターズ

SASUKEオールスターズのメンバーは以下です!

・山田勝己・山本進悟・秋山和彦・竹田敏浩・長野誠・白鳥文平

SASUKEオールスターズはSASUKEが開催された直後から活躍しているメンバーを指します!

 

特に、『山田勝己』『山本進悟』は第1回目から出場しており、山本進悟さんに関してはSASUKE皆勤賞を記録中ですね!

 

ウォチマル
ウォチマル
SASUKEオールスターズが盛り上げてくれるから、SASUKEはずっと人気があるんだよね。
フクマル
フクマル
SASUKEオールスターズは人生かけて挑戦しているから応援したくなる!

SASUKE新世代

SASUKE新世代のメンバーは以下です!

・漆原裕治・長崎峻侑・菅野仁志・橋本亘司・佐藤惇・又地諒・朝一眞・森本裕介・日置将士・川口朋広・岸本真弥・鈴木祐輔・多田竜也

SASUKE新世代は、SASUKEオールスターズと違って明確な定義がなくメンバーも曖昧です。

ざっくり、新しく活躍する出場者を『新世代』というくくりにしている印象ですね。

 

新世代の中でも、『漆原裕』『森本裕介』に関しては、完全制覇者になります!

 

 

2000年代の大会では、ゼッケン90番〜100番をSASUKEオールスターズのメンバーが務めることが多かったですが、近年は新世代のメンバーがゼッケン90番〜100番を務めるようになってきていますね。

 

まさに、世代交代が行われようとしている印象です。

ウォチマル
ウォチマル
SASUKE新世代の活躍も素晴らしいけど、SASUKEオールスターズもまだまだ負けてないよ。
フクマル
フクマル
いつも長野誠さんには期待しちゃう!

まとめ:SASUKEで最も多くファイナルステージへ進出しているのは長野誠さんです。

SASUKEのファイナルステージ進出経験者は以下です。

ファイナルステージ進出回数 ファイナルステージ進出経験者
5回 長野誠
4回 森本裕介
3回 漆原裕治
2回 ・大森晃・山本進悟・又地諒
1回 ・川島孝幸・長谷川健・楊崇・田中光・山田勝己・山本達也・松本稔・秋山和彦・ケイン・コスギ・ヨルダン・ヨブチェフ・白鳥文平・朝岡弘行・長崎峻侑・菅野仁志・橋本亘司・奥山義行・高橋賢次・リー・エンチ・川口朋広・多田竜也・レネ・キャスリー

そして、歴代のSASUKE完全制覇者は以下ですね。

完全制覇者 大会
秋山和彦(6.0秒残し) 第4回大会 SASUKE1999秋(1999年10月16日放送)
長野誠(2秒56残し) 第17回大会 SASUKE2006秋(2006年10月11日放送)
漆原裕治(3.57秒残し) 第24回大会 SASUKE2010元日(2010年1月1日放送)
漆原裕治(6.71秒残し) 第27回大会 SASUKE2011秋(2011年10月3日放送)
森本裕介(2.59秒残し) 第31回大会 SASUKE2015(2015年7月1日放送)
森本裕介(2.59秒残し) 第38回大会 SASUKE2020(2020年12月29日放送)

SASUKEはステージも進化しますし、出場者も毎大会ごとに入れ替わります。

20年以上の歴史ある番組なので完全制覇に近い男も引退しますし、一方で、新しい世代の実力者も誕生します!

近年では、新しい世代とレジェンドが上手く融合していますし、海外からの実力者も参戦するので、非常に面白いですね!

ウォチマル
ウォチマル
SASUKEは歴史があるから面白い!
フクマル
フクマル
出場者一人一人にストーリーがあるから応援したくなるんだよね!

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52歳「ミスターSASUKE」山田勝己の甚大な鍛練初参戦から20年超、人生を懸けて挑み続ける

左から、山本進悟、竹田敏浩、秋山和彦、長野 誠、そしていちばん右にいるのが山田 勝己だ(写真:TBSテレビ提供)

「名もなき男たちのオリンピック」

特別な技術を必要とせずに誰でも同じ土俵でナンバー1を競うことができる。そのコンセプトの下、創意工夫がなされた障害物が立ちはだかる4つのステージのクリアを目指す「SASUKE」(TBSテレビ系、最新回『SASUKE2018』が3月26日<月>よる7時から放送)が誕生したのは1997年9月27日のこと。その100人の参加者の中には、のちに「ミスターSASUKE」と称される山田勝己の姿もあった。当時31歳だった山田も一人のボンベ配送業者でしかなかった。

なにか自分が頑張れば結果が出せるものを探していた(写真:TBSテレビ提供)

「中学生のときは陸上部で、高校では野球部。その後、20歳を過ぎてからはジムに行って体を鍛えたりはしていたのですが、なにか自分が頑張れば結果が出せるものを探していたんです。そんなとき『筋肉番付』(TBS系)という番組を見ていたら、3分間で腕立て伏せの回数を争うクイックマッスルという競技で一般募集をしていた。これはチャレンジができると思いました。そこからはジムでのトレーニングも腕立て伏せに特化したメニューに変えました」

そのかいもあって大阪府の予選会を1位で勝ち上がると、全国選手権でも準優勝。だが、山田は悔しさのあまり涙を抑えることができなかった。

軽い気持ちで参加した第1回

実力だけでなく、そんな熱いハートを番組関係者に評価されたのだろう。「筋肉番付」のスペシャル企画としてスタートすることになったSASUKEの担当者から出演打診の連絡が舞い込んだ。人生を大きく変えることになる出会いだったものの、そのときはまだ、どんなものかもわからない。山田といえども端(はな)から燃えていたわけではなかった。

「第1回は普通のテレビ番組で、ちょっとバラエティっぽいものなのかなと思って軽い気持ちで参加しました。実際の雰囲気もそんなふうに感じました。2回目があるとも思っていなかった」

1stステージはクリアしたが、2ndステージで敗退。悔しさは残ったが、続きがあるとは想像もしなかった。

ところが、およそ1年後。山田の電話が鳴った。第2回SASUKEへの参加の呼びかけだった。今度は、まだほんの少しだったが、山田の胸を高鳴らせた。

「終わってからも悔しさがこみ上げてくるんです」(写真:TBSテレビ提供)

「あっ、次やるんや。今度は絶対に最後まで行って、優勝賞金200万円もらってやるねん」

だが、その気持ちの高揚とは裏腹に、第1回同様、SASUKEの壁が立ちはだかった。

「第2回から場所も室内から屋外の緑山スタジオに変わって、雰囲気も全然、違った。気持ちも入ったんですが、結局、また2ndステージまでしか行けなかった。同じ相手に2回、負けた。それが許せなかった。終わってからも悔しさがこみ上げてくるんですよ」

なにかにのめり込むきっかけは「敗北」

負けず嫌い―――

山田勝己という男を形作っていく歩みの中で欠かすことのできない言葉。勝負の世界で生きる者にとってはありきたりではある。だが、山田のそれは、あまりに度が過ぎる。

小さいころから、変わらないこと(写真:TBSテレビ提供)

「負けたら悔しいじゃないですか。次は絶対に勝ったるぞって。僕の場合、なにかにのめり込むきっかけは『敗北』なんですよね。小さいころから、それは変わりませんし、1つのことに対する執着心というのは強いと思います」

そう言いながら記憶の扉を開けていく。

「小学生の3年生のときにマラソン大会に出場したときのことです。走ることには自信があったので優勝できると思っていたんですが、結果は4位だった。それが悔しくてすぐに長距離を走る練習を続けた。それで4年生からずっと優勝。

ちゃんとした経験がないまま高校で野球を始めたときも、すぐにエースで4番になってやると思っていたんですけど、すぐに肩を壊してピッチャーができなくなった。それなら打つほうだけはと意気込んでいたんですが、夏に3年生が引退して、2年生と1年生の新チームになっても、試合の遠征に連れて行ってももらえない。

夏からずっと15人くらいで学校に居残り練習の日々。11月3日に、その年の最後の練習試合があって、9回二死2、3塁の一打逆転の場面で代打に指名された。やっと巡ってきた打席。でもすべて見逃しで三球三振。ひざがガクガク震えてバットを振ることができなかった。野球ではそのとき初めて悔しいと思った」

と同時に、山田の脳裏に父親の言葉がよぎった。

中学校最後の陸上部の大会に向かう際、なにげなしに「行ってくるわ」と伝えると、普段、スポーツに関して口を挟むことのない父親が「勝ってこいよ」と返してきた。レースには自分よりも足の速い相手がいた。足は昨日の今日では速くなるものではないだけに、山田は「勝たれへんわ」と、つれなく言った。

「最初から負ける思うんなら行くな!」と父親。

「速い選手は速いんや!」

そのときはなにも感じずに言い返すだけだった。しかし、ピッチャーに向かっていくこともできなかったときに意味がわかった気がした。山田は練習に明け暮れた。

「そこからなにかにのめり込む際の度合いが激しくなっていったんです。春までの約5カ月、学校や寝ている時間以外はほとんどバットを振っていました」

一瞬、そんな大げさなと思ったが、山田ならありえる気がして、言葉を挟むのはやめにした。

「春になって最初の試合は出してもらえなかったんだけど、次の試合は8番で先発出場。今度は、ストライクが来たら絶対に見送らない。初球のストライクから打って出ると決めて、実際にストライクが来た。それをホームランにできた。次の打席でも初球を打ってホームラン。そこからずっと4番になった。あの三球三振がなければ、今のようにはなっていないです」

自宅にそっくりな手作りセットを組み上げた

第2回SASUKEで山田の行く手を阻んだのは「スパイダーウォーク」という種目だった。同じ屈辱を味わわないため、山田は動いた。自宅に手作りで「スパイダーウォーク」にそっくりなセットを組み上げてしまったのだ。しかも、その時点では第3回の開催があるかどうかが決まっていないにもかかわらず、である。

TBSテレビ「SASUKE2018」は3月26日(月)よる7時から放送です(写真:TBSテレビ提供)

「もちろん、『今回で終わりです』と言われていれば作ってはいなかったと思いますけど、やるかもしれないという感じだったので。次、やるんやったら絶対に勝ってやる、と。そうしたら大会が終わって2カ月経たないくらいのうちに、第3回の出場打診があったんです。待ってました、ですよ」

スイッチが入ったのだろう。「スパイダーウォーク」は体重が重い選手には不利だと判断し、約3カ月後の決戦に向け、減量を始める。山田はここでも常軌を逸する行動に出た。

「15kgくらい落として、65kgまで軽くしました。ボクサーのように食べ物とか、水分摂取を制限した。お腹がすき過ぎて寝られなかったですし、あそこまで体重を落とすと精神的にも不安定になるんですよ。でも、できるかぎりのことをやって臨もうと思ったので、もっと練習しよう、もっと体重を落とそう。そんな感じでした」

あまりにも急激にやせたため、家族はもちろん、周囲も山田を本気で心配していた。

「おまえ、病院に行ったほうがええんちゃうか」

と何人にも言われた。もっと深刻だと見て取った人は後々、山田にこう打ち明けた。

「あんまりにもやせてしまって、みんなで『山田は絶対にガンやぞ』と話していた。だから、逆に『ガン、違うか?』とおまえにはよう言わんかった」と。

第3回大会で「完全制覇に最も近い男」になった(写真:TBSテレビ提供)

そこまでして臨んだ第3回大会で山田は初めてファイナルステージに足を踏み入れる。そして、15m上空に組み立てられたゴールから垂れ下がるロープを懸命に登った。しかし、無情にも残り約30cmのところで与えられた30秒を使い切ってしまう。それでも第1、2回大会を含めても誰よりもゴールに肉薄し、「完全制覇に最も近い男」となった。

「あのときは完全制覇まで行くつもりだったので、体重は軽いままにしようと朝から水分しか摂らなかったんです。それでもう深夜だったファイナルのころには空腹に加えて集中力も欠けてきていた。極端な減量がたたった部分もあるのでしょう。最後は力があまり入らなかった。でも、手応えはありましたし、あれで心に火が点いた感じです」

まだ火が灯っていなかったのかという疑念は置いておく。だが、実際に山田が「ミスターSASUKE」へと昇華していくのは、ここからなのだ。

リストラされ、アルバイトをしながら

「初めて最優秀成績者になりましたけど、もちろんそれでは満たされない。完全制覇に向けてさらに没頭していきましたね」

仕事中にトレーニングをしていて会社から注意され、一度は改めようと考えたが、どうしてもトレーニングを疎かにできない。結局、リストラされてしまった。その後、時間が確保しやすいということで妻の実家の鉄工所でアルバイトをしながら大会に挑み続けた。

「仕事を辞めさせられましたし、無茶をしていたので体のこととか、家族から心配をされたりはしましたけど、強く反対されることはなかったです。言っても無駄だと妻もわかっているので」

そう言って笑うが、第6回大会の前、体調を大きく崩したことがあった。親からも「そんなに無理して体を壊すならもうやめておけ」と通告された。

ここまでSASUKEに人生を懸けている人間はほかにいない(写真:TBSテレビ提供)

「第6回も出たんですが、その後、体調がよくなるまで半年くらいかかった。しかも医者には運動してはいけないと言われていたのですが、第7回大会はほとんどトレーニングなしでチャレンジしました。もしも、そこで体調が悪化したらさすがにアウトかなと思ったので、このときは妻と子どもを連れて行きました。いくらなんでも死んでまではやるわけにはいかないので」

ここまでSASUKEに人生を懸けている人間はほかにいない。そう断言していいだろう。仕事や健康を犠牲にしてまでやることかと首を傾げる人もいるかもしれない。だが、人がやらない、いや、できないことをやるからこそ、視聴者は山田から目が離せない。愚直ゆえに人を惹きつけ、魅了するのだろう。

番組プロデューサーも「山田さんは失敗するにしても、こちらの想像しえない結果を見せてくれる。記録よりも記憶。プロ野球で言えば、王貞治ではなく長嶋茂雄なんです」と唯一無二の存在に賛辞を惜しまない。

第28回は「オールスターズ最後の戦い」にて。TBSテレビ「SASUKE2018」は3月26日(月)よる7時から放送です(写真:TBSテレビ)

幸い、体は順調に上向いていったことで、途中、引退決意やその撤回、2度の欠場などがあったものの山田は第28回大会までSASUKEと対峙し続けた。同大会で「引退」となったが、次の大会からは愛称の1つである「浪速のブラックタイガー」にちなんだ「山田軍団黒虎」を率いる指導者という形で参戦を続けている。

「引退する前から若い子たちを指導することは考えていて、なにかチームを作りたいなと思ってやってきていました。引退を機に、そういう形ができたんですね。今回の第35回にも山本浩茂と小畑仁志の2人が出場していますが、ちょっと考え方に甘いところが見えたので、だいぶしかりました。俺ならこうするのにと、歯がゆさを感じています。

しっかり言うところは言ってあげないと、その子たちのためにならない。彼らにとって今は絶好のチャンス。ダラダラやっていたらすぐにチャンスがなくなってしまいますから」

山田は指導者として収まっているのかと思いきや、自身の仕事面でも手を緩めることなく、新たな目標を見つめている。

「今は妻の実家の鉄工所の社長としてやっていますが、せっかく世間に自分のことを知ってもらっているので、飲食業であったり、ジムの開業を目指して、いろいろな人にノウハウを聞いたりしています。そのためにはまず、鉄工所で一緒に働いている子どもに2、3年かけて仕事を教えきらないといけない」

成し遂げていない完全制覇への情熱

そして、山田自身が成し遂げていない完全制覇への情熱を失ったわけではない。

「今は1日13時間くらい働いているのですが、さっき言ったように人に任せられる仕事を3つほど持てれば、自分の労働時間を半分くらいに減らせる。そうなれば、その分の時間をトレーニングに充てられる。昔みたいに時間のない中での3時間ではなく、ゆっくり6時間使える。年齢が年齢なので体のケアもしっかりしながら、トレーニングして復活したい」

現在、52歳。肉体の衰えに抗えない年齢のはずだ。しかし、山田は平然と首を振ってみせる。

「限界とか常識とかは全然、気になりませんよ。こういう話をするとまわりは信じないですけど、俺からするとあきらめる理由がどこにも見つからない。自分の身体能力、体力を信じていますから。そこがブレたことは1度もない。第3回大会から完全制覇への思いもまったく変わっていない。俺にとってSASUKEは必ず乗り越えないといけない壁なんです」

これと決めれば、山田はどんなときも、本気である。

「復活をあきらめていないし、そのタイミングも東京オリンピックがある2020年ともう決めています」

初参戦から20年以上を経ても、その眼光の鋭さはみじんも衰えていなかった。

(敬称略、文:津川晋一/ディレクター・スポーツジャーナリスト)

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