絶望の淵に立たされる
スキルス胃がんの患者像
スキルス胃がんは見つけにくいのに加えて進行が速く、ほとんどの患者さんは診断が下された時には有効な治療法が既に存在しない状態で、絶望の淵に立たされてしまいます。
延命を目的とした抗がん剤治療の選択肢しか残されていない中で、覚悟を決めて治療に挑むスキルス胃がんの患者さんの姿を数多く目にしてきました。そこで、そのような患者さんの代表的な声を拾ってみました。
(1) 毎年検診を受けるようにしていた
血筋で胃がんが多かったので、40歳以降は毎年胃バリウム検査を受けていた。ここ最近、何となく不調なので不安だったが、バリウム検査を受けて異常ないとのことだったので内服治療で様子を見ていた。医療機関での診断は胃炎だった。
(2) 突然、「スキルス胃がんでステージ4。有効な治療法はない」と告げられる
症状が改善しないために他の医療機関を受診し胃内視鏡検査を受けたところ、医師の説明に耳を疑った。「腹膜播種を来しているので手術の適応ではありません。治療目標は『延命』です。数ヵ月の命と考えてください」と告げられ、本人、家族皆が絶望の淵に追い込まれた。
(3) スキルス胃がんはこういうものだと説明を受ける
スキルス胃がんは普通の胃がんと違って胃粘膜の表面に塊をつくらず、胃の壁の内側に染みこむように広がっていく。発見された時はほとんどステージ4で、手術不可能な状態。早期発見が難しく転移しやすいだけでなく、20~40代でも発症する厄介ながん。
(4) 抗がん剤治療しか選択肢がなくても可能性があるなら治療に挑みたい
抗がん剤治療薬自体も投薬治療の方法(治療戦略)も進化しているというが、相応の副作用は避けられないのが現状。また、根治は望めず延命が目的の治療でしかないとのことだが、未来を見ていきたい。
(5) 抗がん剤治療の結果
抗がん剤治療を開始して、一時的に症状は改善するものの、皮膚粘膜のただれ、吐き気・下痢などに悩まされる。副作用に耐えぬいたにもかかわらず症状の改善がなく、結果抗がん剤の変更を繰り返すことに。さらに副作用が増強してくる中で、これ以上選択できる抗がん剤がないとのこと。結果、BSC(Best Supportive Care: 事実上治療できない状態)と宣告される。苦痛を取るだけの緩和ケアの選択肢しかないのだという。
このように、スキルス胃がんは「がん」を全くイメージしていなかった世代でも突然発症し、その後しっかりと治療を受けてきたのに、あれよあれよという間にコントロールができない状況に陥ってしまうという悲劇的な経過をたどることが少なくありません。
この典型的な経過をたどるスキルス胃がんの患者さんたちは、残された道として緩和ケアしかないと宣告を受けた後、どのような行動を取るでしょうか。
孤独と不安に苦しみながら、自分はまだ死ねないという強い気持ちから、何か有効な治療法はないかと懸命に模索を続けます。未承認の新しい治療に目を向ける方もいれば、臨床治験に進むことを決意する方もいます。その背景には、命を簡単に諦められない、最後まで自分なりの生き方をしたい、という強い気持ちが感じられます。
がんとの闘病の姿勢は、どのようながんであっても患者さんの生き方そのものを映し出します。スキルス胃がんの患者さんの多くは、その社会背景から最後まで治療を追求することを望まれます。ただ、残念ながら完全な回復を果たすことは望めないのが現実です。スキルス胃がんの不幸な転帰を回避するのは容易ではありませんが、現時点で可能な最善の方法を見出したいものです。
スキルス胃がんの早期発見法
血縁者に患者がいれば年1回は内視鏡検査を
極めて難治性の高いスキルス胃がんを完治させるには、どうすればいいでしょうか。そもそも、がんが治療により完治(根治)するとは、具体的にどういうことでしょうか。
がんが治るとは、微視的には、体の中のがんが完全に除去されて1個のがん細胞も存在しない状態になることです。
がん細胞が発生すると体に備わっている免疫が排除しようとします。しかし、がん細胞は免疫に対してそもそも抵抗力があり、がんの増殖がある程度進み、その細胞数が相当に増えてしまうと、がんの勢いが強すぎて、免疫細胞はもうがんを駆除することができません。
ミクロのレベル、例えば数個のがん細胞であれば、免疫細胞に駆除される可能性がありますが、がんと診断される際には、がん細胞の塊は5mm~1cm以上に成長しています。その中には数億個以上のがん細胞が存在しています。そこまで、がんが成長するのは、がん細胞が免疫細胞の抑止力に打ち克って分裂増殖を維持し続けてきたことを意味します。そうなると、がん細胞はもはや免疫からの攻撃をものともせずに、どんどん分裂増殖を続けていくのです。
そして、ある程度の大きさまでは、がんは塊のまま1ヵ所で増大しますが、ある程度の大きさを超えると、血液やリンパ液に乗って全身に飛び散るようになります。そして他の臓器に到達してそこで改めて増殖することがあります。これを転移と呼び、転移してしまうと、残念ながら完治させることが非常に困難になります。
がんが発見された時に転移が既に認められる場合(ステージ4)や、手術後まもなくして(一般的には数年以内が多い)再発や転移が見られる場合、完治は極めて難しくなります。がんが発生して、まだ周囲に動き出していない(細胞レベルの)状態で、できるだけ早期に手術で完全に取り除くことができればがんは完治します。
そして、スキルス胃がんであっても、早期で発見され、腹膜播種やリンパ節転移がない段階で手術により完全に取り除かれることがかなえば、他の胃がんと同様に完治が可能です。
諸家の見解によると、スキルス胃がんは、初期においては、よく見ると小さな陥凹性の(へこんでいる)病変として現れるようで、そこから典型的なスキルス像に進行するには1~2年を要するようです。ですから、毎年、経験豊富な検査医師による内視鏡検査をしっかりと受けていれば、スキルスになる前に病変を発見して手術で完全に切除する、すなわち治癒させることができる可能性があります。
スキルス胃がんは遺伝的な要因が否定できないとされており、血縁の方にスキルス胃がんが見られた方は、内視鏡検査を定期検査として一般的には行わない早期(20代)から、1年に1回は内視鏡検査を励行するのがよいのではないでしょうか。
胃がん検診の時期を今より遅らせるべきという昨今の見解に反するこの意見に対しては、異論を唱える医師もおられるでしょうが、現状コントロールできていないスキルス胃がんへの姿勢として検討の余地はあると思います。もちろん公的な検診として20代から内視鏡検査を設定すべきとは言えません。あくまで自己管理の一環で、任意検査としてすすめるものです。
スキルス胃がんへの
これからの治療法とは?
革新的医療として期待されるゲノム医療での遺伝子解析技術が今後発達していけば、スキルス胃がんの発症リスクが客観的に捉えられるようになるでしょう。そうなると、若年時から積極的に内視鏡検査を受けるべきか否かの判断がしっかりとできるようになります。
一方で、たとえ腹膜播種の状態を来したスキルス胃がんであっても治癒を期待できるような治療法の開拓も今後求められます。今までも、腹水灌流療法、腹腔内への抗がん剤投与、温熱療法、免疫療法などさまざまな治療法がスキルス胃がんに対して駆使されてきました。
残念ながら完治にいたる治療法が登場していませんが、今後は、オプジーボに代表される免疫チェックポイント阻害剤の応用や、ゲノム診療における遺伝子解析を軸とした分子標的薬による治療、遺伝子治療など、急速に新たな治療技術が進化する可能性があります。私自身もスキルス胃がんに挑む治療の開拓を続けていますが、難敵であるスキルス胃がんを完全にマネジメントできる日が一刻も早く到来することを期待しています。
(北青山Dクリニック院長 阿保義久)