信じるか信じないかはあなた次第
- 【いよいよヤバい尖閣諸島】本当はヤバイ日本の軍事力について漫画にしてみた(マンガで分かる)
- 『核武装』が日本を救う
- 巧妙な中国の手口と知恵のない無策の日本
- 着実に尖閣奪取に向けて歩を進める中国
- 軍事戦略上の価値に気づいた中国
- 足元を見透かされ、知恵のない政治
- コロナで露呈した優先順位の欠如と縦割り行政の弊害
【いよいよヤバい尖閣諸島】本当はヤバイ日本の軍事力について漫画にしてみた(マンガで分かる)
『核武装』が日本を救う
『核武装』が日本を救う
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巧妙な中国の手口と知恵のない無策の日本
いまの尖閣危機の原点はどこにあるのか。それは1972年の沖縄返還の直前になって、当時の蒋介石台湾総統がニクソン米大統領に陳情した結果であることは、多くの資料や学術研究の結果などから異論を挟む余地はない。
その経緯を要約すると、69年11月、佐藤栄作首相とニクソン大統領は、72年までに沖縄返還を実現するという共同声明を発表。その後、米国務省は70年9月、「サンフランシスコ平和条約(対日講和条約)で米国が施政権を保有する南西諸島は、北緯29度以南のすべての島であり、そこには尖閣列島も含まれる」と公式に表明した。ところがこの直後から、蒋介石総統は釣魚台(尖閣諸島の台湾側の呼称)を沖縄から切り離し、日本に返還しないようニクソン大統領に働きかけたとされる。 陳情した理由は、69年5月、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が東シナ海で実施した資源探査の結果を公表、尖閣諸島の周辺海域には中東油田に匹敵する膨大な石油資源が埋蔵されている可能性のあることを報告したからだ。 一方の米国も、泥沼化するベトナム戦争から撤退するに際し、中国の仲介を期待し、国連の代表権を中華民国(台湾)から中華人民共和国(中国)に代える準備を進めていた。そのために中国との国交正常化を急いでいたという事情があった。米国の自己都合でしかないが、中国への接近を図りたい米国にすれば、台湾の反発を抑えるために、どうしても台湾を慰撫しなければならなかった。まさにアメとムチを使い分けたと言っていい。 こうした経緯の中で、台湾は71年6月、尖閣諸島の領有権を主張、ニクソン大統領も同年10月、米議会の公聴会で、「尖閣諸島を日本に返還するが、施政権のみである」と説明、「主権については、どの国の主張にも与しない」と表明し、領有権については中立の立場を鮮明にしてしまった。そして直後の12月、台湾に続き中国も尖閣諸島の領有権を主張することになったのである。これが今の尖閣危機の原点だ。 当時、政府は米国の態度急変に不満を漏らすものの、中国と台湾は領有権主張の国際法上の根拠を示さず、しかも日本が無主地であった尖閣諸島に国標を建立した1895年以降、1度も領有権を主張してこなかったという事実もあり、政府は中国との国交回復、友好親善に外交政策の優先順位を置き続けてきた。台湾との関係では、尖閣周辺海域における漁業取り決めを結ぶことによって問題は沈静化するが、問題の中国は、最初の領有権主張から20年を経た1992年、尖閣奪取に乗り出してくることになる。
着実に尖閣奪取に向けて歩を進める中国
当初中国は、1970年代の日中国交正常化交渉などの過程で、周恩来首相が「尖閣は石油があるから問題になった」と語っていたように、石油に目が眩んで領有権を主張したことに間違いはない。尖閣奪取の意思を明らかにした92年は、経済成長が始まった中国が初めて石油の輸入国になった年でもあったからだ。 この年は日本と中国が国交を回復して20年という節目であり、秋には友好を象徴する天皇皇后両陛下の初訪中が決まっていた。お祝いムードの中で日本は絶対に抗議はしないと読み切った中国は2月、唐突に「中国領海法」を制定し、中国が管轄する地理的範囲(領土)に尖閣諸島が含まれると明記した。言語道断だが、同法14条には、その周辺海域に許可なく侵入する外国軍艦を実力で排除する権限を軍に付与するという内容も含まれていた。 同法制定後、中国は翌93年、尖閣諸島の北方海域に広がる日中中間線付近で、天然ガス田の開発に乗り出す。さらに96年からは、日本の排他的経済水域(EEZ)を含めた東シナ海の全域で、潜水艦の行動を念頭に、水温や塩分濃度の測定など海洋調査を活発化させ、次第に海軍艦艇の行動を中国沿岸部から東シナ海、西太平洋へと拡大させていった。その仕上げが、2009年の「中華人民共和国海道保護法」(海道保護法)だ。 この法律は、領海法で自国領と一方的に宣言した南シナ海の島々や東シナ海の尖閣諸島について、軍や政府機関が共同で管理することが目的で、同法施行(10年3月)と同時に、中国は国家海洋局の海監(当時)に所属する巡視船を尖閣諸島周辺に出動させ、不定期ながら警戒監視活動をスタートさせている。 5月には鹿児島・奄美大島沖の日本のEEZ内で、海洋調査中だった海上保安庁の測量船「昭洋」に対し、「ここは中国の法律が適用される海域だ」などと測量の中止を求め、海監船が4時間にわたってつきまとう事態に発展。さらに9月には、尖閣諸島の領海内で、違法操業する中国漁船が、退去を求める海保の巡視船2隻に衝突を繰り返し、逃走する事件まで発生させている。
軍事戦略上の価値に気づいた中国
尖閣諸島の領有について、執拗かつ強い執念を見せる中国。着実に歩を進める中国の狙いは、当初の資源獲得だけでなく、米軍の接近を阻止することを目的とする海洋の防衛戦略を完成させるために必要な戦略的な要衝であることに気づいたからだ。 尖閣諸島は五つの島と三つの岩礁から構成され、最大面積の魚釣島でも3.82平方キロメートルに過ぎない。だが、周囲12海里の領海面積は約2万平方キロメートル、領海の外側に広がるEEZまで含めれば、その広さは約17万平方キロメートルに達し、日本の国土面積の4割にも匹敵する。 狭いと言っても、魚釣島は東西約3.5キロメートル、南北約1キロメートルのサツマイモのような形で、最大標高は約350メートル、戦前は漁業を中心とする村落が存在していた。ここに水平線を越えて探知可能なOTH(Over The Horizon)レーダーを設置すれば、ミサイル発射基地としての価値は極めて高い。 例えば、中国が現在、台湾を標的として保有する短距離弾道ミサイル(最大射程500キロメートル)を配備すれば、沖縄本島をはじめ、石垣島など南西諸島は完全に射程内となる。対空、対艦ミサイルを加えれば、魚釣島は東シナ海に浮かぶ「要塞」だ。 自衛隊幹部は「尖閣諸島が中国の手に落ちれば、周辺海空域における自衛隊の行動は著しく制限され、沖縄本島の米軍はすべての機能をハワイやグアムに引き下げることになる」と明かす。 力による現状変更を目論む中国は、2012年5月、日中首脳会談で当時の温家宝首相が「日本は中国の核心的利益を尊重することが大事だ。釣魚島は中国の領土である」と主張した。この発言に続き、中国は翌13年、海監など海事関係の5機関を統合して「海警局」を設立、40隻だった巡視船(排水量1000トン級以上)の増強に乗り出した。 さらに、18年には海警局を人民解放軍系統の武装警察に編入、19年には中国共産党中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける準軍事組織とした。同年7月の国防白書では、初めて「釣魚島は中国固有の領土である」と明記し、海警の武装船による活動を「東シナ海の釣魚島海域での活動は法に従った主権行為である」と言い切っている。 増強する船舶は20年に131隻を数え、その中には海軍艦艇の塗装を変えるなど改修した1万トン級の大型艦や30ミリ機関砲を搭載した武装船も含まれている。そして21年2月、中国は海警局の軍事的役割を明確にし、権限を付与、強化した「海警法」を施行した。 同法は「防衛作戦の任務を遂行する」ことを目的に、(1)主権侵害時には武器の使用など軍事的任務を行使する、(2)管轄海域の離島に外国が設置した建築物を強制撤去する――などの条項を盛り込んでいる。まさに尖閣諸島を念頭に置いた内容であり、命令があれば、今すぐにでも尖閣奪取に動き出すことができるという新たな局面に入ったのである。
足元を見透かされ、知恵のない政治
詰将棋を見ているような中国の周到かつ緻密な指し手に対し、時の政権は何をしてきたのか。92年の中国領海法制定に際し、当時の自民党政権は、北京駐在の日本大使に口頭で抗議させただけ。同年秋に天皇皇后両陛下の初訪中という歴史的な祝典を控えていたことに加え、国内では自衛隊初の国際協力活動への参加をめぐって与野党は激しく対立し、国内世論が分断する中では、やむを得なかった面もある。 ただし、日本が政治的に混乱し、日中の祝賀ムードに水を差せない状況だからこそ、中国はそれを好機ととらえ、あえて領海法を制定したと受け止める必要があった。問題の深刻さを認識していれば、初訪中という祝典終了後に、きちんと抗議して日本の意志を示すことはできたはずだ。残念ながら、同じことが海道保護法でも繰り返されてしまった。 中国は2009年に政権交代して誕生した民主党政権が、沖縄の米軍基地問題で日米同盟を悪化させたことを見逃さなかった。しかも、同党は対中重視に軸足を置き、当時の胡錦涛国家主席を表敬するため、党の幹部らが大挙して中国を訪問している。 朝貢と言っていいほどの異様な光景をニュースで覚えている人も多いだろうが、中国はこの好機を利用し、尖閣諸島などを国家として管理保護するという海道保護法を制定した。10年3月の施行直後には、同諸島の領海内で中国漁船が海保の巡視船に衝突を繰り返し、逃走する事件を引き起こしているが、東シナ海を“友愛の海”と標榜する民主党政権は、事件は偶発的だったとして、逮捕した漁船の船長を釈放してしまった。こんな対応では、中国になめられても仕方がない。 そして今年2月、新型コロナウイルスの感染拡大に乗じて、中国は主権侵害に対し武器使用などを認めた海警法を施行させた。想定される最悪の事態に備え、必要であれば法整備を含めた対応策を検討しなければならないが、安倍晋三政権とその後の菅義偉政権は、コロナ対応と東京五輪の開催に追われ、野党も政権批判ばかりで、尖閣危機は議論すら行われていない。 「尖閣でいま、何が起きているのか」(WEDGE Infinity 2021年8月23日付記事)で危機の現場を詳述したが、今の政治からは、日本の主権が侵害され続けているという危機感は伝わってこない。これでは国民が危機の深刻さを受け止められなくても仕方がないだろう。
コロナで露呈した優先順位の欠如と縦割り行政の弊害
危機対応は目標(ゴール)を決めて、対応策の優先順位をつけることが基本だ。しかしコロナ対応では、水際対策、感染防止、経済活動の維持、東京五輪の開催といった個別課題に泥縄式で取り組むばかりだった。 パンデミックという国家的危機を乗り越えるには「感染封じ込め」が最優先であり、早急にワクチンを確保し、必要があれば憲法の緊急事態条項や私権制限の議論をしなければならなかった。例えば、日本でも海外のようなロックダウン(都市封鎖)は可能であり、私権制限に伴う損失補償も法律をつくればいい。その権限、つまり立法権を持っているのは国会議員だけという自覚が全く感じられなかった。今そこにある危機に対し、政治は何をすべきかを見失っていたと言っていい。 そうした要因の一つは、縦割り行政の弊害だ。パンデミック初期の2020年1~2月、混乱する中国・武漢市周辺からの邦人帰国では、中国との調整は外務省、輸送は国土交通省、入国手続きは法務省、国内での一時隔離は厚生労働省とバラバラで、混乱によって、隔離施設に派遣されていた警察官が自死するという事態に至っている。 それは感染封じ込めというゴールに向けて最優先されるはずのワクチン接種でも同様だった。ワクチンの調達と接種は厚労省、都道府県など自治体との調整は総務省、ワクチンの運搬・搬送は国交省、さらに大規模接種に自衛隊が投入されるに至って、担当省庁は多岐にまたがり、指揮・命令系統は複雑さを増してしまった。 こうした過ちを尖閣危機で繰り返してはならない。尖閣危機は「有事」だという認識に立ち、明確な目標(ゴール)を示し、そのための戦略を決め、必要な方策の優先順位を定める。その上で縦割り行政を束ねる政治主導の司令塔機能が必要なのだ。